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カテゴリー「テレビ」の8件の記事

2009年10月25日 (日)

CM考 バタフライするカエルが気になる '091025

何気なく見かけたCMに釘付けなることがないか?感性はヒトそれぞれだから、好きなCMもそれぞれだろう。ボクが最近唸ったのは、「アリアを聴きながらバタフライするカエル」だ。

あなたの会社の「かえる力」は、どのくらいですか?

何かが水に飛び込んだ。丸々太った白いおなかが水泡を巻き込みながらアップ、そして突如緑の蛙が平泳ぎならぬバタフライで飛び出す。オペラの朗々とした伸びやかなアリアの歌声の中・・・・海ではない、透明水のなかを。プールのコースのようだ。プールを独り占めしたカエルくんが、ほんとに気持ち良さそうにバタフライする、あぁ~良かったねぇ~

これにはやられた。久々に唸ってしまったこのCMが、どこの企業だろうがもうどうでもいいが(NTTデータグループらしい)、「ITで変える力を共に生み出す」という企業のキャッチもなかなか。うん、ボクはこのCMをずっと忘れないだろう。

企業が作るCMには、ほんといろんなものがある。ボクはどちらかと云うと自由放任的な資本主義には抵抗感を感じる社会民主主義的な人間だけれど、資本主義を全て否定している訳ではない。競争のあるところに発展があると信じているし、競争の無いところには堕落がはびこるとも思っている。だから北欧型の秩序ある資本主義は好きだ。その資本主義世界の中の喜びのひとつは、企業や団体、時には政党や国自体がセンスを競う広告や広報の表現活動だ。

最近放映されているCMで、この「バタフライするカエル」以外には、「レレレのレオパレス」なんかが好きだ。しかし、現代の若者を「レレレのおじさん」を知っているのだろうか?「バカボン」で拳銃乱射警官の対を成す住宅地で和服姿で「お~でかけですか~」っとちょっとイカれ気味に掃除する懐かしいおじさんが(当時は舗装してなかったんだなぁ)、突然松平健をして「お探しですか?」と真面目に云わしめるところがこのCMの“外してない”ところが何とも良い。レオパレス21って会社にはこれまで好感の欠けらもなかったけれど、ボク的にはかなりの逆転二塁打ってところ。そしてもうひとつ、「セロセロワンダフォーKDDI」の美人韓国人女優の再登場にも、ひたすら懐かしかった。あぁこのヒトは美しく歳を重ねたのだなぁと。そしてボクもあの頃は若かったなぁ。

せっかく大金費やしてCM流すのだから、企業にはセンスのいいCMを作っていただきたい。顧客に受ける、という要素が大事だろうが、その企業の社員や製品を扱う関係者にも誇りに思えるようなCMを流して欲しいものだ。CMは一握りの企業幹部や宣伝部、広告製作会社の“おごり”で作ってはならないと思うのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、久しぶりに朝日歌壇から二首拝借。

音楽のまえには誰か弾いているねこふんじゃったねこふんじゃった

 神戸市 寺内みのりさん作品、永田和宏選。

六十余年守られながら空気のように忘られている憲法九条

 上越市 三浦玲子さん作品、高野公彦選。

朝日新聞、'090525 から無断転載。御免。

2009年5月 7日 (木)

ドラマ考 山田太一「小さな駅で降りる」 090507

'09年のGWは雨が締めくくった。05/06/水は午後から雨が上がると聞いて洗濯物をベランダに干したが、午後になって逆に雨脚が強まってしまった。

例年GWはどこもヒトで込むだろうからと余り外出はしない。外出する時は、GWよりも前から旅行に出るか、GWの終わり頃から出かける。要するに他の人たちと行動を逆にすることで、混雑を避けるのだ。東京に住んでもう二十数年になるが、いつになってもヒト混みが苦手だ。

そんな日に偶然TVで山田太一脚本のドラマを観ることが出来た。それは「小さな駅で降りる」。TV東京が95年からランダムに放送してきた「山田太一スペシャル」の一本、'00年に放送されたドラマの再放送だった。同局中心に製作された映画「60歳のラブレター」の劇場公開が間近なことと関連番組が放送されることに関係して、中村雅俊が出演していたドラマの再放送をしたのだろう。ボクは昨年の同局放送の「本当と嘘とテキーラ」を観て、ぜひ過去のシリーズも観たいと思っていたのだ。

このドラマはとても9年も前に放送されたドラマとは思えないリアルな内容で、びっくりした。

ドラマは事業の再構築を図るある食品企業で、若社長(※1.)が指揮して作った戦略チームのスタッフの物語り。しかし社長はまだ社内の信頼は薄く、事業再編には既存部門の既得権益を守ろうとする各部門の抵抗やリストラ処分されかねないと脅える社員たちの抵抗にあい、仕事は進めづらい。そんな中、並行して行われてしまったリストラや外部コンサルに頼る社長の行動力に疑問を呈する投書が会社に届く。いったい誰が出したのか?部内で疑心暗鬼な雰囲気が漂い・・・

部長役が中村雅俊、その妻に樋口可南子、部員に堤真一、その妻に牧瀬里穂、厭味な専務?に佐藤慶、他に離婚問題を抱える部員として根岸李衣、取引先の食品スーパー社長に山崎勉、担当社員に奥貫薫ら、けっこう芸達者な役者を揃えていた

実際、会社でバリバリ働きつつつも過労気味で帰宅しても会社のことばかり気にして愚痴ばかりの夫に対して、妻たちがその解放を宣言するストーリーなのだが、ここには山田太一氏のメッセージが漲っているように感じられた。会社、仕事、経歴、プライド・・・多くのサラリーマンが大事にしているものほど、社会や会社はありがたがってはいない=されていない現実が露出してハッとさせられる。

定年してから充分のんびり出来る日が来る、多くのサラリーマンはそう信じて働いているだろうが、本当にそれは来るのか?その時自分は健康だろうか?会社はいつまでもあるだろうか?自分は会社にいつまでも必要とされるだろうか?家族は?

山田太一氏は、今を大切に生きるべきだ、大切なのは夫婦であり、家族であり、今日のこの一瞬一瞬なのだ、と厳しく叫んでくれているように感じたのだ。さすがだと、山田太一にはかなわないとボクはつくづく感じてしまったのだった。

ドラマのラスト、元部長と社員の家族は、中央線の中津川行きの各駅停車に乗っている。木曽川沿いの風景を眺めたり、居眠りしたり。あぁ会社を辞めたんだなぁと。列車はとある駅で後続の急行列車(※2.)を待避する。暖かい日差しがホームに満ちていて、「このあたりで宿でも探してみるか」と声をかけ合う二家族。

そうなのだ。「小さな駅で降りる」とは途中下車のこと。すべてのヒトが急行列車に乗って終点まで乗って行ける訳ではない。急にポイントで行き先を変えられたり、突然列車を下されたりすることもあるかもしれない。もしかしたら、他人を下す役に自分がなるかもしれない。それでいいのか?そんなにしてまでしがみつくのはなぜか?・・・それを疑問に思ったり、迷ったりしたら、例えば途中で寄り道したり休んだりしたっていいじゃないか。急行が通過する小さな駅にもきっとささやかな人生があるに違いないと。

※1. 先代の息子という意味だが、岩松了が演じていて「若」とは見えなかった(笑)

※2.番組では「急行の退避」とアナウンスされるが、今どきJRには「急行」など走っていない。劇中も「特急しなの」が追い越して行く。まぁ特急も「特別急行」の略だから、急行には違いないが。

ボクは昨年の夏に会社を辞めてかれこれ10ヵ月が経った。そしてこの春からそろりと働き始めている。ボクも一休みした口だ。

2009年1月15日 (木)

ドラマ考 ER '090218

NHKでUSのTVドラマ「ERⅩⅢ」が放映されている。何よりの幸せだ。

いまさらボクが「ER」を語っても意味がない。十何年も連続で作り続けられているドラマなんて日本にはないだろう。それくらい人気が続いてきたと云うことだろう。近年日本で放映されだした外国の連続TVドラマの草分け的ドラマだろう。衛星放送のコンテンツ探しをする中でNHKが見つけてきた作品だと思われるが、近年日本で放映されることの多くなった医療系ドラマに多大な影響を与え続けているドラマシリーズだ。原作はかのマイケル・クライトンの「5人のカルテ」だ。

舞台はUSのシカゴ。「L」という高架鉄道が轟音を立てて頭上を走る街のカウンティ総合病院の緊急救命室のスタッフたちの人間模様を描いた群像劇。医師、看護師たちの愛・友情を中心として、その家族、運ばれてくる患者たちの生死を様々な物語が紡いで来た。

何が面白いのか?それは、リアルさだ。USに住んだこともないし、医療機関では働いたこともないけれど、観ていて本当に現実感がある。処置室の雰囲気から実際の手術など、本当の病院で本当の医療従事者の主義を観ているかのような映像だ。ただ一番リアルでないのは、ERに勤めている彼らの性生活だ。最近のシリーズではそうでもないが、かつては職場でセックスのやり放題って感じでびっくり。USの人間はこんなにも職場でセックス友達を作ってるのか?と感心したくらいだ。

ボクはこのドラマをNHKの放映を第Ⅶシーズンくらいからオンタイムで観ており、併せてそれ以前のⅠからⅥシーズンをレンタルで借りて、3年くらいかけて全て観た。一夜に一話づつみたいな感覚で観続けていたボクを妻は呆れていたようだった。

300話以上にもなるドラマを観続けたこと自体がなんだか嬉しいが、現在USで放映しているⅩⅤシリーズでラストとなるそうだし、マイケル・クライトンも亡くなったし・・・あと二年、NHKがちゃんと放送してくれることを祈るのみである。

2008年10月23日 (木)

メディア考 NHK受信料 '081023

NHKの放送をよく観るが、受信料を払っていない。なぜか?どうしても払う気になれないからだ。

受信料徴収の根拠は、“NHK=公共放送”らしく、放送法の32条にその根拠があるそう。しかし、本当にいつも公共な放送をしているのか?そもそも放送は全て“公共”なもののはずだ。それは鉄道や路線バスが「公共交通機関」と呼ばれ、電気・ガス企業が「公共事業」と云われるのと同じだ。民放各局の費用は広告料で賄っているわけだが、放送内容は公共を裏切っている訳ではないだろう(一部ジャイアンツ放送局が偏った放送が目立つが・・・)。

ではNHKが企業から金をもらっていないのか?否、NHKは企業と大いに取引しているのだ。NHKには(悪名高き)エンタープライズなど多数の関連会社があるが、関連の製作会社をトンネルにして企業や企業団体に番組を販売している。かつては「NHK特集」なども1回三千万などの噂もあったが、いまはさすがに総合TVでは大っぴらにはできないらしく、教育テレビやBS放送などで地域シンポジウムとカップリングする形で、事前にイベント告知してその内容を放送している。そしてその番組を出資企業などが二次使用されているようだ。いくら教育テレビやBS放送だと云っても全国で放送されているわけで、これは民報とスポンサーと関係とほぼ同じと考えていいのではないだろうか?この件についてNHKは「公共性が高いと判断した」という。そうならその団体からお金を取るのはなぜか?公共性と収益の関係は?番組価格表があるから、金額が支払われているはずだ。また、さらにかつての人気番組のイベント展として開催した「プロジェクトX21」では、放送した企業に協賛金を数千万円単位で要求していたのも、まさしく民間企業と同じ手口ではないか?

四畳半の下宿に住んでいた大学時代、入学した当初はテレビ受像機などなかったが、ある日街中で見つけた粗大ごみの中の白黒TVを頂いて、何とかTVが観られるようになった。あれからかれこれ三十年近く、受信料はたぶん一度も払っていない。田舎の両親からは、それだけで、“脱税者”扱いである(笑)。妻は結婚当初受信料を払わないでいいよと云ったボクに「これまで全然払ってなかったの?」と呆れていたものだ。今でもNHKの受信料を税金の用に思っているヒトは多いのだろう。

ではその受信料の金額を知っているヒトはどれくらいいるだろうか?

地上波契約で月額\1,345、年間前払いで\14,910(月々払いより約7.6%割引)、衛星放送を含めると月額\2,290、年間前払いで\25,520(同)となる。毎月2,000円以上、年間25,000円使うものってなんだろう?結構な出費ではないか?この金額の根拠はどこから来ているのだろう?正直云ってこの金額は高すぎるように思えてならない。まぁ、月に\500、年\5,000が限度だろう。

またコンピュータや携帯で受信はタダで、家庭用などのTVからのみ料金を徴収しているやり方は不公平だ。また公立の小中学校などの教室のTVは、公共性が高いのに徴収すべきだろうか?そしてラジオ放送は現在受信料の対象になっていないが、実際の運営費はTVの受信料で賄われているわけだから、この矛盾は解消されるべきだろう。

そして何より、職員の質の向上が必要だろう。これまでも局内で起きた職員による犯罪、例えば制作費の詐欺や外部制作会社からのキックバック、またカラ出張などの不正を働いた職員が関連会社に再就職できたりしている現実は許せない以上に情けない。NHKは懲戒処分を受けた職員が定年後に再就職できる天下り天国なのだ。この現況で受信料など払えるはずがないのだ。

本当にNHKが受信料だけで運営されている公共放送団体なら、いくつか要求がある。以下の項目が達成された暁には、喜んで受信料を払おうと思う。

1.      運営は政府を含む全ての機関から独立する・・・長期政権や圧倒的な議席占拠率をもった政党も介入できないものとする

2.      運営費は政府から一切支援されない

3.      番組制作費や人件費を含む全ての経費の詳細をすべて公表する

4.      経営委員を受信者代表による選挙で選ぶ・・・これが実現すれば、今のような自民党好きのビール会社の古だぬきが会長になるようなアホなことはなくなるだろう

5.      不偏不党を徹底する上で、ニュースを含む番組の制作根拠及び報道理由を公表する

6.      受信者の平等を期するために、受信料の不払い者に罰則を設ける・・・現在罰則がないので未契約者は訴追されない。ラジオを含む全ての電波のスクランブル化も良作だろう。

7.      縁故採用を根絶するために、採用の過程を記録し、親族が職員の場合は採用されない基準を作る

8.      公立の小中学校から受信料は取らない・・・義務教育以外の学校と私立の小中学校は払う

9.      受信料の公平な徴収のため、全ての受像機及びラジオの受信機を登録制にする・・・パソコンや携帯電話などでの受信者からも徴収できるようにする

10.  深夜放送は一電波のみに限定する・・・基本的に25:00-05:00は休息時間であろう

11.  職員の給与・手当及び退職金は、全就業者の平均値を超えないものとする

12.  関連会社の整理の実行と全ての天下りを禁止する

13.  受信料を月額\1,000以下にする・・・もしそれで事業が成り立たないのなら、伝播や職員を削減すべきだ

ボクの好きなNHKの番組はやはり「NHKスペシャル」、そして「NHKニュース」かな?BSでは「ER」のシリーズも観ている(場面の約1/6を覆う「受信料の説明」に閉口してます)。子供のころ、火曜の19:30から放送された「特派員報告」に胸躍らせたNHK好きのボクに、素直に受信料を払わせて欲しいものだ。

2008年10月13日 (月)

CM考 長嶋一家とその周辺 '081013

長嶋茂雄氏とその家族について、主にCMに関して少し書きたい。

ボクの子供時代はジャイアンツがセ・リーグを連覇していた頃。イヤになるほどジャイアンツが強い頃で、茂雄氏はジャイアンツで不動の3番バッターとしていつもTVの野球放送で目立っていた(※1.)。ドラゴンズ好きのボクにも、茂雄氏が野球界のスーパースターであることはよくわかっていた(※2.)

でも、それ以上でもそれ以下でもない。茂雄氏ほどの野球スターはいないことを知った上で、その後の氏について語りたい。個々のことは、氏の意志とは別の所で生じたことかもしれないが・・・なぜ、いつまでたってもナガシマなのか(彼が現役を引退してすでに34年が過ぎている)?CMでもTVでも新聞(読売系のみだが)でも、相変わらずナガシマながしまの大合唱だ。いいかげんうんざりしないか?

まず、ご本人のこと。茂雄氏は現役の頃から多くの広告に出演していたようだが、ボクの記憶に残るCMは、警備会社・セコムだ。「セコムしてますか?」という「企業名+する」と云う新しい動詞を生んだことで広告の歴史にも刻まれているもの。しかし現在('08年10月)放映されている木村拓哉氏が出ているCMの使われ方はいったい何だろうか?かなりレベルが低いCMとしてこれまた記憶に残されるだろう。このCMの悪意は、茂雄氏ではなく、あの内容をOKした広告主であり、作ってしまった広告制作会社だろうが、最終的には登場を了承してしまった茂雄氏サイドの落ち度だろう。ちょっと目も当てられないCM。セコムさんに猛省を促したい。あのCMで何軒がセコムに契約の意志を失わせただろうか・・・

それから、長男・一茂氏。立教大野球部からスワローズに入団し、その後父親が監督していたジャイアンツに入って辞めたヒト。ジャイアンツファンではないボクには、彼がジャイアンツにいたことさえ記憶がない。いつ入っていつ辞めたのか?とにかく野球に世襲はないんだな、と確認できたことは有意義だった(これは、野村家でも証明された)。世襲ができない世界=健全な世界と云う意味では、自民党よりもプロ野球が健全であることは言うまでもない(フィクサーはともに読売のドン)。

じゃぁ、一茂氏はどうしているのか?一茂氏はなんと現在、読売新聞グループ本社社長室スポーツアドバイザーであり、読売巨人軍代表特別補佐なのだそうだ。まったく・・・まっとうなジャイアンツファンの皆さん、こんなことが許されるのですか?特に、今年('08年)から放映している三菱UFJ信託銀行のCM・・・この中身がないことと云ったらもう嫌悪感しかありません。「ボクのかけがえのない財産です。」・・・信託銀行なので、親から子へとのメッセージとして、このコピーは許しますが、内容がひどい。息子がオヤジを無批判に讃える・・・気持ち悪いにも程がある。

また、一茂氏は読売系のTV局のニュースやスポーツ番組にもよく出ていて、最近はスポーツだけでなく一般の社会事件にも言及したりしているが、そんな資格があるのか?野球で大した成績も収められなかったにも拘らずスポーツを論じているだけでなく、親の七光りでメディアに出ているのにニュースで世間に向かって常識めいたことを云う・・・何だろう、この軽さは。いったいいつまで一茂氏は親爺で稼ぐ気なのか。恥ずかしくないのかな?とTVを観る度に悲しくなる。

そして、娘の三奈氏。このヒトは相変わらず甲子園が始まると必ずTV朝日系のスポーツ番組に出てくる。なぜ使われるのか?現在もTV朝日のスポーツ局に勤めているそうだが・・・彼女がなぜ読売系列局に入らなかったのか?・・・このヒトについては、もういいかな。

ところで、茂雄氏の現役引退試合、そうジャイアンツの連覇の終わりと共に氏が引退した時、世間ではどこそこが「永遠に不滅です」というセリフで有名のようだが、当日(たしか'74/10/14)は、ドラゴンズが20年ぶりにリーグ優勝して名古屋で優勝パレードした日にあたり、東海地区では茂雄氏の引退はビッグニュースではなかったと記憶している。引退試合も相手のドラゴンズはたしか控えの選手が出たのではないだろうか?

球界のスーパースターである茂雄氏の引退試合の日に、ドラゴンズはなぜ優勝パレードをしたのか?ジャイアンツファンはそんなドラゴンズを「大人げない」と笑うだろう。しかし、ドラゴンズは20年ぶりに優勝したのだ。タイガースが21年ぶりに優勝した'85年ほど報道されていなかったようだが、'74年のドラゴンズの優勝は当時のファンにとっては何より盛り上がった出来事だったのだ。そいう云う意味ではドラゴンズ戦に引退試合をあてるジャイアンツも「大人げない」とドラゴンズファンは云うだろう(応援歌「燃えよドラゴンズ」がヒットしたのもこの年)。

しかし、事情はもっと深い。当時読売新聞は大都市では名古屋だけ発行していなかった。朝日、毎日は戦前から支社を設けて発行していたが読売は進出出来ていなかった(産経はまったく発行せず)。プロ野球で敵対する新聞社が名古屋で発行しても儲からないと考えたのだろう。しかし名古屋で刷らなければ「全国紙」と云われない。読売は意地で名古屋版発行を画策し、なんとドラゴンズ優勝の翌年'75年3月から「中部読売新聞」として発行を開始したのだ(※3.)

ジャイアンツは親会社の名古屋版発行を進めている真っ最中に、セ・リーグ連覇を逸したのだ。読売新聞とすれば、十連覇の勢いで名古屋でジャイアンツファンを増やして一気に発行部数を伸ばしたいところだっただろうし、中日新聞としては読売の名古屋進出の直前に優勝したという、なんとも孝行息子だったわけだ。だから茂雄氏の引退で盛り上がれるはずがなかったわけだ。

長嶋茂雄氏とその一家・・・正直云って読売新聞に翻弄された人々のような気がして、少々哀れに感じるのはボクだけだろうか?ナガシマながしまとファンやメディアが騒ぐほどに読売のおエライさんたちの懐が温まるようで、ただ空しい。

※1.当時ジャイアンツ戦しかTVでは放送していなかった。地上波しかない時代。

※2.ただ、ジャイアンツが親会社の名ではなく、なぜ「巨人」とか「巨人軍」とか抽象的な名称なのかはわからなかった。でも「読売」と云われても当時東海地区で同紙は発売されていなかったので、新聞社名とはわからなかっただろう

※3.中部読売新聞は朝刊のみで発行された。1年間購読契約すると「洗濯機を進呈」、というすごい販売攻勢だった。しかし中部読売新聞は販売不振で結局読売本社に吸収された。

2008年9月11日 (木)

ドラマ考 大石静「四つの嘘」 '080911

妻がテレビドラマ好きなもので、クール毎に彼女が観ているドラマのうち幾つかのドラマを観ることがある。今年の夏に見続けたドラマは二つあり、それは「ゴンゾウ」と「四つの嘘」だった。共にテレビ朝日系列での放送だった。

ドラマを観終わってから知ったのは、「四つの嘘」は大石静氏が'04年に産経新聞に連載していた小説をテレビドラマ化したものだったということ。40歳前後の女性層を“アラフォー”などと呼ぶようになったのは確か昨年辺りだから、大石静氏が連載した頃はまだ一般化していなかったわけで、このドラマの企画者はそこに目を付けたのだろう。そう云う意味では先見と云えるのではないか。・・・ただ何が「四つの嘘」だったのか?最後まで分からず、またわからなくても楽しめた。タイトルをもっと工夫すれば、もう少し視聴率も上がったのではないかなぁ、なんて。

全編を通して楽しめた。女子高時代の同級生の外国での事故死がきっかけに再開する三人の同級生。その死が不倫の最中だったではないかと思われることから、三人の同級生の周辺で色恋沙汰が始まるというストーリーで、死んだ羽田美智子演じる美波がナレーションとして話が展開する。生き残った三人のうち、永作博美演じる古本屋の娘・詩文が、死んだ美波の恋人を横取りしその後結婚、出産し(小説では妊娠したことで結婚したらしい)、別れたらしく、そもそもこの詩文が美人でかつ男受けする“魔性の女”だったらしいことから、同級生たちの色恋沙汰に様々な影響を与え展開する。ただし、ドラマを振り回すのは寺島しのぶ演じるところの満希子の絵に描いたような有閑婦人振りであり、身の程知らずな言動でかなり不快な役柄だったが、そう思わせるのはその役にはまっていたことであり、彼女の演技がうまかったことなのかもしれない。サイドストーリーとして、医師となった高島礼子演じるネリ(こんな名前が本当にあるのか?)の、外科医まっしぐらの人生が性愛に塗れるという展開もある。ただ、美人の誉れ高い高島がこれまでの人生で性体験が「1.5人」などと云うことはありえないはずで、しかも医師の中でも自信過剰人間の集まりである外科の世界ではさらにあり得ないと思われた。

話の展開はそれほど意外ではない。が、だからと云って面白くなかったのか?と聞かれれば、毎週の放送を楽しみにしたくらいだった。先に書いたが寺島しのぶの騒いだ演技は目障りだったが今となっては展開上必要だったし、永作の若い愛人=ボクサーが事故で記憶喪失になる中で高島礼子と出来るところなど、ドロドロしていてなかなか面白かった。ドラマの中で何度も流されるボクサーと高島の座位でのファックシーンとそれを眺める永作の満足げな顔は絵になった。

そうなのだ。主演は永作であり、このドラマの魅力はたぶんに永作のふてぶてしい“魔性”的な表情だった。肉で若いボクサーを誘う姿、言い寄ってきた歯科医を自宅で騎上位で攻め上から見下ろす笑顔、ラブホテルの監視カメラで愛人と連れ添う友人を眺めほくそ笑む目・・・胸も薄く痩せた永作になぜこれほどの艶めいた演技が出来るのかと思えるほど魅力的だった。また、彼女は読書が趣味の古本屋の一人娘であり、痴呆の始まった老父と高校生の娘(この役の女優さんは演技は巧かったが、どうにも永作の娘にとはかけ離れた容貌だったのがイマイチだった・・・唯一のキャスティングミスか?)を養う健気で現実的な女性だ。生活のためならラブホテルのベッドメイクの仕事もいとわない。この(変な云い方をすれば)愛欲にまみれたドラマの中で、彼女だけは道を外さず取り乱さない。

出演陣も面白かった。元義母の野際陽子は相変わらずの芝居上手、歯科医師役の石黒賢の軽薄さ、ちゃっかりかわいい愛人がいる渡辺いっけい、ラブホテルの同僚のおばちゃんや病院のナースもなかなか存在感があった。そして老父役の品川徹の存在も印象深かった。彼はかつての'80年代に無言劇などで特異な存在感を放った転形劇場の主要メンバーであった。彼がいまTVドラマの世界で活躍していることを知らなかったのでびっくりし、懐かしかった。

このドラマが面白かったのは、多分に各役者の演技が自然で優れていたことと、設定に無理がなかったことだろう。高島の指導する病院の若い医者たちの生態や、寺島の家族や家庭教師の大学たちすらも、無理がなく本当にいそうだった。

旬な俳優というのは年毎にいるのだろう。今回の主役であった永作は、いくつかの映画公開もあり、まさに今が旬に思えるし、趣は異なるが小泉今日子も最近いわゆるアラフォー世代として脚光を浴びているように感じる。大きなブレークもなく、かといって沈まずそこそこ活動してきた俳優やタレントがこうして台頭してくるのも、流行り廃れの多い中、安心してドラマを観られる要因だろう。

ところで、詩文の古本屋が神田神保町、満希子の仏壇店が上野近辺、軽薄な大学生が本郷・東大なら、ラブホテルは湯島・鶯谷あたりに思われ、なんだか下町風情漂う落ち着きも感じられたドラマであった。

2008年7月21日 (月)

ドラマ考 NHK「監査法人」 '080721

NHK-総合で6月から放送されたドラマ「監査法人」を観た。名古屋放送局制作の関係上、どうしても地元贔屓となり、多少評価が甘いです(ボクは愛知県出身)。

まず、日本公認会計士協会のHPに貼ってある、会員への視聴推奨文は以下の通り(※1.)

公認会計士を舞台としたドラマは、今までほとんどなかったものと思われますので、こうしたNHKという全国的な放送媒体での放映により、公認会計士の業務を一般に理解していただくよい機会であると思います。(抜粋)

確かに、これまで会計士が主人公だったドラマはなかったように思う。まぁ、会計士だけでなく、ドラマになったことがない職業はたくさんあるだろう。逆に言えば、ドラマのメインの出演者になるのは一部の経済ドラマに集中しているのが現状だろう。教師、医師、看護士、警察官、政治家、新聞記者、コピーライター、飲食店員、OL・・・そうそう、海上保安庁や家政婦、落語家というのもありました。

さて、このドラマは、企業の会計監査を行う公認会計士の活躍?を扱ったものだが、どんな仕事をしているのか知らないボクには、純粋に面白かった。企業が決算を公開するには会計監査法人の公認会計士が承認しないといけないって云うこと自体、それほど知られていないことなのではないだろうか?まじめにやっている公認会計士の方には申し訳ないが、「企業からたくさんお金もらって、さっさとサインしちゃってるんでしょ。たまには脱税指南なんかも・・・」とオッサンは思っていました。

当のドラマはエピソードを盛り込み過ぎたきらいがあり、主人公周辺に事件の発生しすぎで現実感がなかったのは事実だ。あれでは宇宙の怪物が必ず日本を攻撃してくるウルトラマンシリーズのようだ。ドラマだから仕方がない、と制作側は云うだろうが、ちょっとやり過ぎだったかもしれない。巨大在庫を無関係の倉庫会社に隠したり、建設中や建設前のマンションを販売中として資産算入したり、食品ベンチャーがフランチャイズの加盟金を売上げに計上したり、とにかく業績が良いように見せかけるためのあの手この手の粉飾手口のオンパレード。しかもそれが自らの延命のために経営が傾いたメガバンクが押し付けていたやり口にはまった企業の結果だったとか、経済ヤクザからの資本操作だったとか、なんだかけっこうありそうな話で、いやぁな現実感があった。

6回シリーズでの放送だったが、不思議だったのは、脚本が矢島正雄氏と小林雄次氏の二名で、共同脚本ではなく各回毎に交代していたようだったことだ。どんな風に進めていたのだろう。

なお、主人公の妻が子供を残して実家に帰ってしまったり、その母が偉そう主人公に説教して子供を引き取ったり、その子供が食品ベンチャーの景品で火傷を負ったりするところはなんだか嘘っぽかった。だって義母の行為は養育放棄した母親の親族による拉致だし、火傷は回収&お詫び広告ものだろう。また、食品ベンチャーの決算を「友情」で承認するなど、あれでは犯罪幇助じゃないだろうか?

素人が観ても“あれっ、それでいいの?”と思えるところが多かったので、実際会計士の人たちが観れば、「ないない、そんなのダメ」ってシーンがいっぱいあったんでしょう。そういう意味では、ドラマ全体の印象として「会計士は企業の言いなりになりやすい」という部分を再確認できたドラマだったと思うし、もう少し一つひとつのエピソードを緻密に描いて欲しかった。

ただ、ドラマは全体として会計士の大変さ=依頼主からの独立性保持の難しさを知らしめたことの意義はあったと思うし、会計士が意地悪な奴なら時代劇の悪代官になって「俺が承認しなきゃどこもしてくれないぞ」と揺することもできそうで、やんなった。NHKとしては、以前放送した「ハゲタカ」的な経済ドラマ路線の一環だったのだろう。民放ではやりにくい分野と思うので、焦らず(すぐ嘘っぽいところは極力排して)じっくりドラマ作りして欲しいところです。こういう番組はたぶん視聴率は稼ぎにくいと思うけど、地道に作って欲しいもの。経済ドラマ・・・いいかもね。

※1.http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/14_12.html

2008年6月16日 (月)

ドラマ考 山田太一「本当と嘘とテキーラ」 '080616

昔から山田太一氏の作品に何故か惹かれている。

先日TV東京で「本当と嘘とテキーラ」を観た。この番組はTV東京では「山田太一書き下ろしスペシャルドラマの第5弾」とのことだ。ボクは過去の四本のいずれも観ていない。う~ん、悔しい。

過去の同シリーズは、「せつない春('95)」、「奈良へ行くまで('98)」、「小さな駅で降りる('00)」、「香港明星迷('02)」とあったようだ。この不規則な間隔がなんだかいい感じで、山田太一作品らしいではないか。スポンサーはそれぞれ違うのだろうか?このシリーズを続けて欲しいものだ。それだけでTV東京に好感が持てる。再放送もして欲しい。ちなみに番組の口上は以下の通り・・・

企業不祥事の謝罪会見を"演出"し、企業の危機管理をコンサルティングする有能なビジネスマン。しかし、自分のひとり娘が"危機に瀕している"現実に対して、何もするすべがない。今回の物語が描くのはそんな中年サラリーマンと、その家族。

このドラマでは、企業の不祥事の裏で活躍するコンサルティングの仕事が主人公の仕事だ。ボクも多少関係する仕事をしていたので少しわかるが、この番組の中では、会社の不祥事への謝罪の場面で、「うそ」を演出するところがある。現実に「うそ」はあるにはあるが、このドラマに出てくるような「説明できないうそ」には少々無理がある。ただ、謝罪の対象が特定のユーザーであり、メディアでないことが救いだった。しかし、言い訳の結末があれでは、芝居になりすぎていた。

また、このビジネスマンの主役が佐藤浩市なのが、不細工なボクにはちとカッコよ過ぎで玉に瑕だが、TV局としては視聴率も取らないといけないだろうし、彼の演技もいい味が出てたので、まぁ良しとしよう。佐藤も樋口加奈子も娘役の女優もそうだが、出演者の多くが、山田太一の物語りを弁えた“わだかまり”や“もどかしさ” を表現していて、けっこう楽しめた。いつも芝居が上手すぎて目障りな柄本明でさえ、好感が持てたのは驚きだった(※1.)。

ボクが初めて山田太一作品に触れたのは、たぶん「男たちの旅路('76)」と「岸辺のアルバム('77)」の頃で、ボクはすでに中学生でほとんどTVを観ない生活に入っていたのに、二学年上のTV好きの姉が「あんたの好きそうなひねくれたドラマがあるらしいよ」と挑戦的に発言したのに刺激されて観たように記憶している。ただ氏を本格的に意識し出したのは「ふぞろいの林檎たち('83)」からで、その頃は大学演劇をかじっている時だった。

当時ボクの下宿には、不燃ごみの日に拾ってきた白黒TVしかなく、まだビデオデッキは裕福な学生しか持っていなかった時代で、録画することなどありもしなかった。だから「ふぞろいの林檎たち」は未だに飛び飛びでしか観ていない。

社会人になっても夜は残業か酒なので連続ドラマを観る習慣が出来ず、山田太一には片思いのままだった。そんな中、氏が小説を本格的に始めたことがきっかけで読み始めた。最初は「飛ぶ夢をしばらく見ない」あたりだったように思う。以来「彌太郎さんの話」以外は全部読んだと思う。比較的好きなのは「君を見上げて」だろうか?比較的などと偉そうに云うのは、氏の小説の展開や設定には大満足だが、脚本同様ハッピーエンドは有り得ないし、どうも消化不良なのだ。ま、そこが山田太一作品たる所以なのだが・・・

なお、氏の小説で一番ガツンと来たのが「終りに見た街」である。さすが戦中派の氏ならではの作品であるが、戦後生まれのボクがもしあの時代にいたら、やっぱり「小国民」になってしまったのであろうか?考えさせられる物語だった。

また、余談だがボクは子供の頃、実家ではNHKの朝の連続ドラマをよく観ていた。その中で特に印象に残っているのが「藍より青く」の主題歌「耳をすましてごらん(※2.)」である。本田路津子氏の美しい声とやさしいメロディ。そして人間は一人ぼっちなんだという山田太一的な孤高感が歌詞にも強く感じられるのだ。そういう意味では、ボクの初山田太一は「藍より青く」だったのだと、今これを書いてて気付いた次第だ。

山田太一という脚本家と同時代に生きていることがけっこうな幸せである。出来れば氏のドラマを全部観てみたいものだ。

※1.芝居が上手すぎてちと目障りな俳優(オッサンの主観):柄本明、伊武雅刀、田中裕子、加藤健一(彼はTVドラマから足を洗ったらしい・・・正解だと思う。あの個性は劇場向きだ)

※2.http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/mimiwo_sumasite_goran.htm