読書録 今尾恵介「日本鉄道旅行地図帳」 '091108
趣味とは、興味のあるヒトはその「対象」にひたすら無防備になってしまうものであり、関心の無いヒトにとってその行動や願望は、まったく理解不明なものであろうもの。
そう、ボクの趣味は映画観賞や読書などがあるが、特に一番の趣味と云えば「地図」と「鉄道」と「旅行」だ。ただそれぞれひとつでもあればうれしいはうれしいのだが、それで完結するものではない。この三つは一体化して不分離なもののとして「究極」となるのだ。
旅行をしても、そこに地図を持っていつでも広げられなければ楽しくないし、しかもその旅に鉄道が絡んでいないと喜びは中途半端なものになる。もちろん山間部や離島など鉄道のかけらもない場所は行かないのか?と云われればそうでもなく、西表島から礼文島まで、これまで日本の旅を満喫してきたし、そこではやはりしっかり満足して来たし、また行きたいと考えている。でももしそこに鉄道があれば、なお楽しかろうと思うのが旅好きの鉄道ファンなる所以なのだ。だから、欧州の旅行でも、出来るだけ都市間は鉄道で移動して来た。もっと云えば、その路線がローカル線ならなおうれしいし、訪ねた街にトラム(路面電車)や軽鉄道が走っていたりしたら、もう悶絶してしまうほどの喜びなのだ。
さて、そんな旅好きの鉄道ファンに究極な書物と云えば、紀行では堀淳一氏や、「ヨーロッパ市電の王国を行く」などの著者・宮田親平氏らで、堀氏は「ヨーロッパ軽鉄道の詩」などの著書があり、「地図の楽しみ」という著作で日本エッセイストクラブ賞を受賞されている元北大の先生である。また宮田氏は、「毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者」で科学ジャーナリスト賞を受賞されている週刊文春の元編集長である。
堀氏は北大理学部物理学科、宮田氏は東大医学部薬学科のご出身であり、このおふたりの理系の作家の著書に親しんだ鉄道マニアは当然、地図を片手に鉄道旅をすることでアドレナリンが大量に分泌されることになり、それはまさにボクの嗜好そのものになってしまったのだった。
そんな「鉄旅地図好き(マニア)」にとって究極のサポーターになる地図帳が、今尾恵介氏監修となる「日本鉄道旅行地図帳」シリーズなのだ。このシリーズが「北海道編」から刊行が始まった時にボクを襲ったショックはすさまじいものだった。まさに脳天を突き刺す稲妻と云うべきか。これほどに書物に思いいれたことはないと云い切れる。小学校以来学生時代はずっと進んで図書委員長となり、齢四十代後半となった今でも図書館通いが日常になっているボクにも、この本の出現には驚き、感謝した。
このシリーズの何がボクを痺れさせるのか?それはいくつも挙げられるが、特に指摘するとすれば、廃線鉄道地図の克明さであり、この地図帳の表紙に書かれたコピー「日本初 ありそうでなかった正縮尺の鉄道地図」であるいことなのだ。
JTBや交通新聞社ほかが毎月発行している「時刻表」は、鉄道ファンにとっては欠かせぬ必需品である。がしかしいくつか物足りないものとしてある最大のポイントが、鉄道地図の書かれ方なのである。路線によって駅数が極端に違いがあり、限られたスペースでの記述は時刻表では無理であることを重々承知しているのだが、どうしてもあの地図は好きになれない。時刻表は列車の時刻を探すのが目的であるからあれで充分目的を果たしているのだが、「鉄旅地図マニア」にとっては別に正確な地図帳を手にしないと旅のプランを立てる楽しみが半減してしまうのだ。
またかつて日本中に存在した様々な鉄道の廃線を鉄道地図に併記された点が、何とも堪らないのである。日本各地の繁栄のために町や山里をつなぎ、ヒトや産物を運び、モータリゼーションによって淘汰されていった多くの私鉄たちが正確な地図の上に投影され、路線一つひとつが年表化されて記述されている。これはこの本がまさに「労作」と云える所以である。
幼少の頃、自宅にあった百科事典の別冊に「日本分県地図帳」があったが、ボクはその随分昔の地図に今は亡き鉄道路線の線を飽きずに眺め、あぁこの路線が走っていた頃に乗ってみたかったと思ったものだった。大分県の日豊本線沿いの駅から何本も伸びていた大分交通の各路線や北海道の開拓を担った拓殖鉄道や簡易軌道、軽井沢から草津まで迷路のように蛇行しながら等高線を上下した草軽電鉄、前橋など群馬の各都市を結んでいた東武鉄道の軽軌道たち、そして各地の都市交通を担った路面電車たち・・・この「日本鉄道旅行地図帳」シリーズは、ボクの知識欲を満たす、ほぼ満点の出版物だったのだ。
「無人島に持ってい行く本は?」という問いが昔からあるが、ボクは間違いなくこの「日本鉄道旅行地図帳」を持って行くだろう。
願わくば、「世界鉄道旅行地図帳」も作ってもらいたいものだと、今尾氏と新潮社の編集スタッフの方々にお願いしたいところだ。
「朝鮮・台湾」編、「樺太・満州編」が近日発売となるとのこと。これも無茶苦茶楽しみである。

