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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の45件の記事

2009年11月 1日 (日)

あ、似てない?このふたり[ATSUSHI&亀田興穀] '091101

そう云えば似てないかい?って思ったのがこのふたり。
それは、ATSUSHIと亀田興穀・・・いかがでしょうか?

ATSUSHIとは、今や飛ぶ鳥を落とす?勢いの人気チンピラ風&ラグビー級多人数J-POPグループのボーカル、片やと元難波のお騒がせ系ボクサー・亀田三兄弟の長男(オヤジさん入れて四兄弟では?という説あり)であります。

このふたり、いかにも田舎街の元繁華街をハコ乗りしてる暴走族のチンピラ予備軍って感じで、ド田舎出身のボクにはどうも懐かしく、TVなどで動いてるふたりを観る度に、音声を落として挙動だけを追ってしまう。このふたり、そのうち歳取るとどこかのお祭りに飛び入りしちゃって山車の屋根にのっかって扇子でもパタパタしてそう(笑)。

ところで、EXILEってのは人数が多いね。あんなに必要なのかい?といつも疑問。それぞれ楽器を演奏するとかならわかるけど、歌に合わせて踊ってるだけ。詐欺でにぎわせた小室系のどこかのグループでも踊ってるだけの「ダンサー」ってのがいたけど、このグループの「ダンサー」の数はハンパじゃない。人数が多いとエライ、と思ってるとしたら、これまた田舎の暴走族みたいで微笑ましい。お休みの日にラグビーの試合でもしてるのかな?

亀田興穀は、弟の方がリングで歌う方がボクシングよりも好きなことで有名だけど、お兄ちゃんはあそこまでオカしくないらしいが、弟のパフォーマンスや反則技が有名になって焦ったのか、一度交通事故を起こした時に「車はぶつけるもんやろ」などと云ってくれたものだから、ボクは「やぱり田舎のチンピラだ」と喜んだものだった。期待を裏切らないところがエライ。
しかしプロに入ってこれまでずっと外人だけを相手に試合して来たってのはいったいどういうことなんだろう?今度行われる内藤大助との対戦が初めての日本人との公式戦らしい。これまでずっと対戦を避けて来たくせに、チャンピオンの内藤が35歳になってようやく試合をするところが、この一家の「なんだかなぁ」って感じなのである。この年齢差で勝てなきゃ引退かも?

ま、どうでもいいけど・・・似てるよね?

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2009年10月28日 (水)

ふと思う疑問 やっぱりズブズブ 石原五輪招致の闇 '091028

呆れてものが云えないハナシ、「ファインドスター 広告ニュース」によると・・・

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電通、オリンピック招致費53億円を東京都と随意契約 都議会で明らかに
http://www.findstar.co.jp/news/syosai.php?s=200458&root_flag=01

2016年開催の夏季オリンピック東京招致委員会が招致活動費のうち、約53億円を電通と委託契約し、ほぼ全額が入札ではなく、随意契約だったことが19日に開催された都議会決算特別委員会で明らかになった。
招致本部の広報によれば、都の五輪招致本部が平成18年度から21年9月までに32億800万円、NPO法人の五輪招致委員会が平成19年度から21年9月までに21億3400万円の委託契約していた。
このうち五輪招致本部の99%以上、招致委員会の100%の契約が入札ではない随意契約だった。

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やっぱりね。石原ってのはホントやな奴だよ。都のお金、全部自分の欲望に使ってる。電通とズブズブだったんだね。53億円が随意だってさ。呆れるね。

招致式典にスタッフに着せたウェアも一着20万円もしたらしい。全員で1400万円以上!何がエコな五輪だよ。まったく・・・

自信満々石原作家知事は即刻謝罪&辞任して自腹で返金すべきだね。あのヒト、シアワセなお山の大将だから自分の浅はかさに死ぬまで気付かなそうだから、誰か云ってあげないと、墓場までバカするよ、きっと。

王さま石原は裸マヌケだ!

電通もいい加減にしてよね。電通ってのは知力とセンスと営業力で儲けてると思ってたけど、結局、わいろと利権だったんですね。恥ずかしくないのかね?天下り官僚や世襲議員と同じじゃないか。なにが「鬼十則」だよ。

大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。」
・・・・税金ちょろまかすのが商売かよ。確かに53億円の税金をちょろまかすのは“大きな仕事”だよね。たく。

たぶん、この話題はメディアにならない。新聞社は少しだけ書くかもしれないけど、脇のミニ記事でお茶を濁すだろう。ましてやTV局は一切流さないはず。だってゴールデンタイムなんて、全局電通仕切りだもんね。「特ダネ」だって「報道ステーション」だって何もしないだろうなぁ。あ~ぁ、汚れた国だよ、まったく。

2009年10月23日 (金)

ふと思う疑問 マイクロソフトは謝らない しらっとウィンドウズ7発売 '091023

最新のウィンドウズOS「ウィンドウズ7」が発売になったらしい。ふ~ん、そうなのか。

マイクロソフト社は「ウィンドウズ7」の開発・発売に際してこう云っているらしい。

特にユーザーの声に耳を傾けることに注力した

そうだ。ふーん、そうなのか。じゃぁ、ボクのように「ビスタ」機を購入して、毎度毎度の起動や反応の遅さ(搭載したメーカーの機種によると思うが)、日によって頻発する「フリーズ」、日本語変換の突拍子もない誤変換の多さと語彙検索の煩雑さ(これも搭載したソフトによるのか?)・・・・などなどに日々頭を悩ませ、あきらめを送っているものの声を聞いたのか?

マイクロソフト社はこうも云っているらしい。

XPとビスタとの互換性が向上した

だそうだ。「XPとビスタでは互換性に問題があったためビスタが普及しなかった」と言っているらしい。だから「7」を買えというのか?おかしくないか?これでは紛い物をつかませておいて、不都合に気付いた客に、返す刀で新品を買え、と迫っているのと同じではないか?これでは強度設計を間違えた建物を売ったどこそこのマンション業者と同じだ。「この前建てた家は住みにくいので住み替えろ」、「この前処方した薬は効かない薬だった」ということか?プラセボ呑ませてふんぞり返っている薬屋と同じだ。

以前ご購入いただいたものは不具合がありましたので、新しいものと交換いたします」とするのが当たり前ではないか?

いやいや、その前にすることがある。ヨイショ評論を書きなぐるバーターIT専門ライターや評論家、広告欲しさに媚びるメディアだけ相手に「XPとビスタでは互換性に問題があったためビスタが普及しなかった」から、今度は「特にユーザーの声に耳を傾けることに注力した」と開き直る前に、

ビスタでは失敗作を販売しました。みなさんを騙してしまい、すみませんでした

とまず、謝るべきではないだろうか?

マイクロソフト社のOSはすでに世界標準と云っていい。これは電力やガス会社と同じ「公共財」と云える存在だ。そんな会社が過去の失敗を反省せず、謝罪もせず、しらっと新製品を販売する・・・これでは「やっぱり健康によくありませんでした」と謝りもしないどこかの食用オイルメーカーと同じだ。

失敗や事故はだれでもどんな企業にもある。しかし、それを起こしたら、謙虚に謝るべきだ。儲かっている企業なら補償すべきだ。慈善事業をやるのもいいが、まずユーザーにその何百億も儲けた代償を返せと云いたい。しらを切るな、マイクロソフト!。

一般の人はそう思わないのだろうか?

2009年10月18日 (日)

ふと思う疑問 ふざけんな NUMO-CM「電気の廃棄物」 '091018

最近すっごくむかつくCMを観た。まさに究極の脅迫CM、それは原子力発電環境整備機構(NUMO)のCMだ。

電気の1/3が原子力発電で作られている→原子力発電のゴミ(廃棄物)を捨てるところがない→おかしい(今、この電気を使っている間もゴミは増えている)→地下に捨てよう、と云うことらしい。

おかしくないか?

原子力発電をすれば放射性廃棄物が出るのは大昔からわかっていたこと。でもその廃棄物を捨てる方法がないのに原発を作り続けていたのは誰だ?電力会社と政府・経産省(NUMOは正真正銘経産省の天下り団体!)だったのではないか。いよいよ原発の敷地内に貯めこめなくなったから、こんなCM始めたんでしょ?

うそくさくない?

これって、ヤクザが家出少女に優しくしながら薬中にするのに似てないか?行くところがない人間にやさしく接して衣食住を提供して安心させて、そのうち気持ちいいからと薬に誘い、その後は・・・こんなに世話してやってんのに、俺のこと聞けねぇのか?と突然脅しをかけてきたように。今回はヤクザならぬ電力会社と経産省だったわけ・・・国民を放射能発電中毒にしたのは誰?

いやだねぇ

もしかして自民党が負けて、民主党主体の政権に社民党も入って、原子力の先行きが急に曇ってしまい焦りビビって、急にCM増やしたとか?それで今まで云いたくても云えなかった脅しを始めた。衆院選挙前の自民党のCMのように?

「放射性廃棄物を安全に処分することが大切です」・・・当たり前です。→「安全な処分方法を真摯に考え、今、きちんと判断することが求められています」・・・じゃぁ考えようか?→「私たちも地層処分が必要だと思います」・・・考える前にもう決めてんのかよっ!

広告にはたくさんの有名人が「私たちも」と賛同している。浅井慎平や佐藤B作、弘兼憲史、舞の海・・・なんだ、こいつら?放射能のこと、わかってんのか、ほんとに(危ない大学の学長になっちゃった吉村作治までこの中に入ってる)。

昔、政府=経産省(当時・通産省)と電力会社は、火力発電の原料の石油の99%以上を海外からの輸入で賄わなければならない現状を「海外依存=恐怖」と訴え続けた。しかし、原子力の原料のウランを「100%海外依存」とは決して云わない。「トイレを用意してない」こともずっと黙ってた。

皆さん、電気は使いますよね?でも、石油資源は限りがありますし価格も不安定、ですから夢の原子力発電しましょーよって云い続けてた。無知な国民を「まぁ安全ならいいけど。それに安いんでしょ?」と信じ込ませてた。でも結果はどうですか?ウランは100%輸入に頼ってるし、輸送や備蓄にとんでもないお金がかかってる。余りに取り扱いが複雑で危険なため、進んで発電所を建てるところもない。結局ビンボーで食い詰めて、有史以来“お上に楯つくなんて考えたこともない”僻地の町村に、脅しと原発交付金をちらつかせながら原発をせっせと作り、その実放射性廃棄物をいっぱい貯めこんでいたのだ。これを「騙し続けてきた」と云わないでなんと云う?

単純に云えば、ご飯を食べれば便が出る。便が出るからトイレが要る。溜まった便は畑の肥やしにするか下水道に流して処理してもらう。これ、昔からの当たり前。では原子力発電は?????なんと、トイレもなければ、肥やしにもならないし処理施設もない。トイレがないことを知らされずにホテルで食事してたってこと。じゃぁどうするってウンチしたくなってから、トイレがないので土に埋めてくれってさ。ウンチならいい。肥やしになるかも。でも、放射性廃棄物は臭いニオイどころか生物を犯す放射能をバンバン放射するもの。どうするんだよ!

こんな腹が立つCMが平気に流されるなんて。独占企業である電力会社からの潤沢な資金と、もしかしたら税金も使って裕福な仕事環境で、役人もわんさか天下りさせて・・・きっと芝のビルも贅沢に使ってるんだろうなぁ。

はっきり云う。安全で大丈夫って進めてきた原子力発電の廃棄物は、NUMOと電力会社と経産省のOBOGも含めたすべての役員と社員の家の押し入れに保管してください。貧しい村や国に廃棄場所を押しつけないでください!このままこの事業を進めるのなら推進者はみんな人間の屑と呼ばれるかも。

放射能中毒にさせといて、もうこれ使えわなきゃ、生きて行けないだろうって脅してるんですよ、NUMOさん。

もう原子力発電とは呼ばず“放射能発電”と呼ぶぞ!NUMO、ふざけんな!

2009年10月13日 (火)

微やかな旅 飛梅に会いに大宰府行き '091013

生まれて初めて大宰府に行ってきた。“こちふかば~”のあの大宰府天満宮である。これはその微やかな旅の記録である。

福岡への出張が金曜の夜に終わり、福岡で一泊した。最終の東京便に乗れなくもなかったけど、翌日は休日、この週の忙しさを振り返りふとのんびりしたくなって天神にホテルをとった。宿泊代はもちろん個人持ち、いいではないか、疲れた体で東京の自宅に深夜帰りするより、今はゆっくりしようではないか。

水曜の夜は徹夜だった。明け方、台風の風雨のなか早朝に帰宅して、風呂に浸かり出張の用意をして朝食をとり、インコの籠を掃除して一睡もせずに最寄りのJRの駅に向かう。しかしJRは台風で止まっていた。仕様がないから迷わず地下鉄の振り替え輸送に乗り込む。地下鉄を乗り継いでクライアントとの会合に向かう(しかし全部止めることもなかろうに?)。都心の駅に着いた途端に関係者が到着していないという連絡を受け会合がキャンセルに。仕方がないので会社に向う、しかし乗り継いだ先の路線が運休とアナウンスされ他線に変更、しかしそこは間引き運転に超満員、駅毎に途中何分も止まりながら・・・結局2時間半もの間、東京の地下を彷徨うことになった。この疲れが、ボクを福岡で休めと云ったのかも知れない。

しかしホテルに泊まっても仕事は来ていた。「原稿を送ったので明日の朝までにチェックしてほしい」・・・校正の依頼メールがあり、あるクライアントの社長が連載しているコラムのチェックをする。1000文字くらいの文章だが、著者の思い入れが強く出すぎているように感じられ、平易な文章に置き換える。まずシャワーを浴びてから、原稿に挑む。直しに90分ほどかかり、気付くと1時を回っていた。1,000円の有料TVカードを購入していたが、これでは一本も観ないうちに寝てしまうかも・・・その前に湯船に浸かろう。

翌朝、朝食前に昨夜直した原稿を見直して、担当者に「あとはよろしく」と送信。ホテルの外の道が見えるテラス付きのお店でバイキング形式の朝食をとる。大きなホテルから料理の種類は多くはない。席も全部で20席くらいだろうか?そこそこの込み具合でまぁまぁの味。道行くヒトを眺めながらゆっくりと食す。疲れた体にはのんびりとした朝食が一番だ。

荷物を西鉄天神駅のコインロッカーに預けて、大牟田行き特急に乗る。列車は薬院を過ぎてスピードを増したようだ。郊外の住宅地を約10分ほど走って西鉄二日市駅に到着、階段を上り下りして西鉄太宰府線に乗り換え、太宰府駅を出てすぐ列車は右にカーブを切りながら北へ進み二駅分5分で太宰府駅に到着した。わずか2.4キロの単線のささやかな路線である。

太宰府駅は頭端式で幅の広いホームを持つ。降車ホームは両側、乗り込み客は中央の広いホームから左右の好きな電車に乗る形式になっていた。広いホームは正月などの天満宮への参拝客をさばくためだろう。乗客の大半は参拝を兼ねた観光客と思われたが、途中駅の五条などでも若い乗客の乗降があり、後で地図を見たら大宰府の周辺にはいくつもの大学など学校が集積している文教地区だった。

さて、駅を出ると右手に参道を兼ねた門前商店街が続いていた。さすがに人気の観光地、シャッターを下ろしている店はほとんどなく賑やかなもの。土産物屋や食べ物屋が並ぶ中、「梅ヶ枝餅」の暖簾や看板が目立ち始めた。うん?名物なのか?梅の枝が入っているのか?梅味なのか?と各店先を冷やかすのだが、どう見ても普通の餡子餅。一個くらい食べようか?と思ったが、十数軒あるかと思う梅ヶ枝餅店のうち、客が並んでいるのは一、二軒のみ、後は並んでいるどころか買っている客もいない。一部の店だけに十人以上の客が連なっている。う~ん、どうもいやな感じ。きっとこの行列のできるお店だけが“おいしい”と評判なのだろう。が、本当にそうなのか?「梅ヶ枝餅」にそんなに違いはあるのだろうか?並んでいるお客はその味の違いがわかるのだろうか?ボクは客が来ない店を憐れむより、並んでいる客の浅はかさを強く感じて、餅を食べる気が失せてしまった(食べてもいないのに、すいません)。

さて、大宰府天満宮の参道は大して長くない。参道の突き当りを左に折れるとすぐに天満宮の境内になっていた。すぐ太鼓橋で池を渡る。心の字池というが、心の字はわからない。わずかな陸地で亀たちが重なり合いながら甲羅干しをしている。なかにはすっぽんもいた。韓国か中国からの団体客だろうか?知らない言葉で記念撮影をしている。欧州系の客も何人か見かけた。ここは国際的な観光地なのだ。

大きな櫓形の門をっくぐりいよいよ太宰府天満宮である。ふんわりと広がる境内に収まって威圧感を感じさせない建物。丸くカーブを描いて張り出した前面が優しい。家族・親類の健康と自分の仕事の安泰をしばし願う。そしてそのすぐ右側には!そう、短歌の事業で有名な飛梅クンである。おぉこれがかの・・・

東風吹かば匂い起せよ梅の花あるじ無しとて春な忘れそ 菅原道真 

の飛梅くんである。おぉこれが京都から一夜で飛んできた梅なのだな、としばし感動。しかし、参拝客のほとんどは飛梅を全く無視して、写真を撮ったりおみくじをひいたり、なかには祈祷を受けるために手続きしたり。まぁ確かに今はただの普通の境内にある木と何ら変わらない。青々と葉を茂られている。しかししかしほんと誰一人として、飛び梅に注目している様子はない。梅はやはり花を咲かせないと見向きもされないのだろうか?

この後、かわいいお守りでもとじっくり探したのだが、いいものなし。ボクはビニールに入ったお守りが特に嫌いだ。理由はない。あとのお守りもなんだか特徴がない。購買意欲が全くわかず、お守りはキャンセル。境内で開かれていた骨董市を冷やかしながら、参道を通らずに裏道を通って西鉄太宰府駅まで歩いたのだった。

台風一過の澄み渡った青い空の下、初めての大宰府天満宮体験。思ったよりもこじんまりとした風情が疲れたボクにちょうどよかった。西鉄大宰府線も短くて、これまた好し。

2009年10月 4日 (日)

世相考 10分千円散髪は本当にお得なのか '091004

自宅からの最寄り駅の高架下の商店街に、「散髪時間短縮、10分1,000円」をウリにした理容店が開業したことを、新聞チラシで知った。「おお、わが町にもいよいよ進出してきたのだな」とデフレ時代を象徴するかのような現象に感慨した(以下、「時短床屋」と書く)。しかし、そんな思いをしても、ボクはきっとその時短床屋には行かないだろう。

そもそも、「10分1,000円」は安いのか?

ボクは月一で近所の床屋さんに通っているが、滞在時間はだいたい50分。髪を切って整えてもらい、顔剃り(髭&産毛剃り)+シャンプーと、いわゆる床屋の定番メニュー付きで\3,800である。時短床屋的に計算すると\5,000である。時短床屋は顔剃り+シャンプーがないから50分もかかる客はいないのだろうが、床屋の定番メニューと比較してしまうボクには時短床屋がどうしても割高に思えてくる。

ボクが時短床屋を最初に観たのは数年前、確かJR神田駅付近だったように記憶している。その時は「10分1,000円なんて、安くしたもんだなぁ」と思ったものだった。しかし・・・今思えば、その時新鮮に思えた料金設定も、自分の床屋さんに対する思いとかけ離れた感慨だったように思うわけなのだ。

それからしばらくして、繁華街への進出が加速され、地下街などでも時短床屋を観るようになり、何人も客が列を作っているのを見たりして、「回転が速いから待っててもすぐ順番が来るのだな」と感心したものだった。

子供の頃、順番待ちをしながら漫画やスポーツ紙を読むのが床屋の楽しみだった。スポーツ新聞に触れた最初の記憶が床屋、というヒトは多いのではないだろうか。宅配のスポーツ紙はピンクページがTV欄とかに差し替えた新聞が多いから、子供にも安心だったのだ(でも求人欄なんかを丹念に読むと、ムムムウフフな想像力を盛り上げる情報も)。漫画に夢中になって順番になって、悔しい思いをしたことが何度もあった。その順番待ちの楽しみが時短床屋ではないわけだ。お客の散髪時間はたぶん20分もかからないのだろう。

時短床屋の利点は、「料金の安さ」と云うよりも、「拘束時間の短さ」なのではないだろうか?どうしても髪を短くしてもらい、と思う時が確かにある。朝、髭を剃っていたら髪の長いのが気になった。しかし残業続きで床屋に行く時間は週末までない。う~ん、どうしよう・・・あ、そう云やぁ、近所に時短床屋があったな。あそこなら営業の途中に行けるぞ、というシチュエーションである。こういうシーンの利用ならうなずける。出入り業者の些細なことに厳しい客先に行く前に散髪しておこうということもあるだろう。

しかしながら、ボクはきっとこの時短床屋にはきっと行かないのではないかと思っている。理由はボクの床屋に求める目的が違うからだ。ボクの時短床屋に行かない最大の理由は・・・

ボクは散髪が主目的で床屋に行くのだが、顔剃り(髭&産毛剃り)+シャンプーの定番メニューがして欲しいのだ。首から頭のてっぺんまで、とにかく月に一度は他人の手に委ねたい。髪が短くなるだけでなく、顔全体がツルンと丸裸にされ、髪をジャブジャブ洗ってもらいたいのだ。髪を切った後に残った髪くずを時短床屋では掃除機で吸い取るらしい。それはそれでスゴイアイデアだと思うが、やっぱりボクは洗って欲しいのだ。

おしてもう一つの理由は「行きつけ」の床屋さんの存在。ボクは今の家に越してきてからかれこれ5年。ずっと近所の同じ床屋さんに月一のペースで通っている。床屋はマスターと奥さんのふたりで営業しているけれど、奥さんは顔剃りとかシャンプーをサポート。おばあさんなどのお客さんが来たときはメインでしている様子だ。

散髪に行くときは必ず電話して、他のお客が予約していない時間にしてもらう。マスターの年齢はボクより3,4才年上の先輩。でも床屋さんの常で腰が低くて明るい。ボクはその主人が元気な限り、そしてボクのお金が続く限り、その店に通いたいと思っている。お客がボクひとりなら、マスターと奥さんと三人で、近所の話や政治の話など取り留めのない話をして過ごすし、他のお客がいる時は自然と眠ってしまうのだ。この床屋さんの散髪台というか椅子で寝る“幸せ”・・・

ボクは床屋さんに心地良さを求めているのだ

そうなのだ、ボクは散髪に行きながら、心を解きほぐしに行っているのだった。月に一度のリラックスタイム。やっぱり、ボクは時短床屋とは縁がないのだと思う。

2009年10月 1日 (木)

ふと思う疑問 オリンピックは東京に決まっている? '091001

なんだか、いやな雰囲気を感じている。何を?う~ん・・・

2016年夏季五輪の開催地は、もう東京に決まっているらしい?

ってハナシ。ホントなのかな?

ハナシの出所は広告業界・・・Web広告以外の分野で広告費が暫減している日本の広告業界。ちっちゃな仕事もインハウスにバンバン戻して、下請が疲弊しきってる広告業界ですが、独占禁止法になぜか触れない業界の巨人・電通が、もう世界中のIOC委員のみなさんに存分にお金ばら撒いちゃったらしい(&呑む、買う、抱く?)。ホントなの?

オリンピックは何で稼いでいるか?はい、放送権販売と肖像権広告です。オリンピックの各国の委員ってどんなヒトがなるのか?はい、王族や貴族、財閥といったそれぞれの国の特権階級の関係者と元オリンピック選手・・・なんら公共の代表者なんかじゃない。

まぁ日本のIOC委員(JOC)だって、元国土計画グループオーナーのスキーオタク・堤義明がやってたり、旧皇族のスポーツ好きがやってたりしてる。広告費や寄付、各スポーツ団体からの上納金などで、金持ちたちがまたまた贅沢してるのがこの団体、なのだが・・・

オリンピックって云ったって、プロ野球と同じで、映画や芝居、サーカスとかストリップと何ら変わりないいわゆる“興業”。誰かが仕切って、おいしいところをいただいてるのは同じ。それが世界中の国々を巻き込んで税金ジャブジャブ使ってるってところがスケールの違うところ。あんまり大きくなっちゃったんで、素人には訳わかんなくなってるだけ。ボクの両親なんか、IOCは国連の機関で、各国の委員はそれぞれ国家公務員だと信じてる。教えてもしょうがないから云わないけど・・・

そんな金儲け丸出しのオリンピックの最大の収入である広告収入を仕切ってるのが、世界に冠たる広告会社である「電通」さん。くどいようですが、永年日本の総広告費の半分を扱っているにも拘らず、なぜか永年独占禁止法の網にかからない幸せな会社。これも永年自民党さんや官僚さんとお手々つないで、だったからかな?日本の広告業界は電通が牛耳ってて働いてるヒトたち全ての生存権すら握ってる、と云っても過言ではない。ですよね?

そんな電通の収入源は、以前よりかなり国際化したと云っても、やっぱり日本国内が大きい。レーガン・サッチャー・ナカソネ以来の弱肉強食社会のグローバル化で出現した「ギャンブル金融ワールド」が破綻して出来ちゃった世界同時不況で、日本の広告費も今や激減。そこで今度は「東京でオリンピック」→「広告収入がいっぱい獲れるぞ」、となったわけか。ホントかな?

ちょっと前まで「皇太子に演説してほしい」という戦前軍部が使った皇室利用癖をちらつかせて、抵抗する宮内庁の職員を「木端役人」とこき下ろしていた実働週三日の石原作家知事も、さすがに都議選→衆議院選挙と続けて古巣の自民党が敗れたものだから、急に静かになっちゃって低姿勢に転換、嫌いな「鳩山首相」を担ぎ出した。皇太子で負けたら右翼の恥でもう靖国に威勢よく行けなくなるからね。でも敵政党の党首をすぐに担ぎ出し、負けたら「鳩山じゃぁ役不足だった」「政権が変わったから」と云い訳と逃げ道を作っちゃうところが、石原くんの巧い(せこい)ところ(あれもこれもみ~んな電通さんの入れ知恵?)。

そんなこんなで下馬評でマドリッドと不人気争いしてる東京都は、IOCの黒幕=電通とつるんで開催地を東京に持ってくることにした・・・う~ん、ホントかな?

東京都は、東京中の公立小中学校、高校の壁にオリンピック誘致の横断幕を張っている。あたかも「東京オリンピック誘致は都民みんなの願い」みたいな刷り込みを子供たちにしている。でもその子供たちが大人になって税金払う頃には、国や地方自治体の借金の上にオリンピック施設建設費なでが乗っかって、今よりもっとすごい「格差社会」になっていることでしょう。その時になって「誰だ、オリンピックを東京でやろうって云ったのは!」と暴動が起きなきゃいいけど。

横断幕だって税金使って、自民党都議会議員の愛人がやってる呑み屋で打ち合わせして、電通の局長の愛人がいる会社でコピー書いて、文科省あたりの官僚が天下って顧問してる会社なんかを経由して、電通関連の制作会社が一本\800くらいで作って、\50,000くらいで都に売ったんだろうな?なんてついついリアルに妄想しちゃったり。デザインが貧相だから、もしかしたら作家知事の末息子の芸術家も一枚噛んでたりして・・・税金をさも自分のお金のように平気でジャブジャブ使うヒトたちが遊んでる風景が見えるよう・・・メディアもオリンピックが来たら広告も入るし、販売部数も伸びるしって皮算用してて、反対しない。みんな税金に群がってる・・・誘致活動だけで150億円以上も遣っちゃったらしいけど、その明細を見せて欲しいものだ。

ねぇ、オリンピックが東京に決まってるって、本当なの、かい?

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2009年9月23日 (水)

宗教考 目ざめよ!って云われちゃった '090923

シルバーウィークだなんて誰が付けたのか知らないが、とにかく五日間の連休になった。TVのニュースや情報バラエティ番組はすることがないものだから、高速道路の渋滞噺をだらだらと流している。そんなニュース流したって何の意味もないことはTVの中のアナウンサーだってきっとわかっているだろうに。だってそのニュースを観ている大半は渋滞が嫌か連続して休みが取れないで遠出できないヒトなのだから・・・笑える。中にはヘリコプターで中継している渋滞個所と全然違う場所の名称を放送しているアホアナもいて観ているこっちが恥ずかしいくらいだ。そんなに流すニュースがないのなら、花王のエコナの発癌物質問題でも追求すればいいのに、広告主からの圧力か自主的配慮なのか、全く流さない。花王のご機嫌とってるTV局ってのはこれだから信用が置けない。そういえばキヤノンの工場建設汚職やトヨタの整備士試験漏洩事件の時もTVは報道すらしなかったナ。嫌だね、TVは。

さて、渋滞でボクはふと思った。高速道路の渋滞に巻き込まれてるヒトはきっと、渋滞に巻き込まれに行ったんじゃないかと。好きでだらだら運転していて、子供たちに「オシッコ行きた~い」と我がまま云われ、サービスエリアに入るのさえノロノロ運転することまでもがきっとこの上なく好きなんじゃないかと。連休→渋滞→家族とまったり=渋滞の車の中、と云うのがきっと“現代日本人の在り方”なのだと固く信じているんじゃないだろうか?いわば行列に並ぶのが好きな人々なのだ。ラーメン屋の前で並び、車でも並ぶ・・・あぁ渋滞で疲れたいだなんて・・・

ところで、その連休中に家に居たボクに、見知らぬふたりの来訪者が訪れた。土曜日と月曜日にそれぞれ別のヒトだったのだが、同じ団体のヒトたちらしい。インターホンと画像越しには共に女性がひとり。土曜日はボクより若そうな三十歳代半ばと思われる女性。月曜日は六十歳代のご婦人。ともに穏やかな声で淡々とおっしゃられる話は、ものの一秒で所属が知れた。彼女たちは共に「ベニスの商人」ならぬ「エホバの証人」さんたちなのだ。

そう云えばボクが失業していた去年の夏から今年の春にかけて、彼らはよく家にやって来ていたことを思い出した(昔からしょっちゅう来てたんだろうけど、失業してると家に長くいるから訪問者によく会うわけだなぁ)。サービス業のヒトたち以外の日本の多くの労働者(&お金持ち)がお休みに入ったこの連休中にも、彼らは自分たちの信じる宗教のために、日本中でインターホン越しに「神のことば」を伝え、「ものみの塔」と「目ざめよ!」って書かれた本をポストに投函しているんだろう(この本、印刷は童話本みたいでなかなかきれい)。これは凄いエネルギーであるなぁとボクはひたすら感心してしまったのだ。

ボクはこのブログで、「証人」さんたちの行いを非難するつもりは毛頭ない。ボクはそもそも無宗教であることを数少ないモットーにしている。でも困ったり悩んだりしてたりする時に偶然神社仏閣の前なんかを通ったりした時は思わず小銭を握って投げ込んだりぶつぶつお願いごとをしたりする小心者である。イエスのキリストさんには余り縁がない人生だった(おぉそう云えば学生時代に付き合ったあるヒトはミッション系の中高出身で日曜日は家族で教会に行ってたなぁ)ので、教会の前を通りかかっても立ち止まったり何か投げたりしないけど、嫌いじゃない。イスラム教や他の新興宗教にも縁がなかったので、好きも嫌いもない(唯一気に入らなかったのは学生時代に嘘八百で「キリスト教研究会」や「社会主義研究会」とかを語って活動してた「統一教会(原理研)」の連中。奴らには腹が立った。ニセのサークル名で勧誘しておいた揚句に洗脳して石やニンジンの行商させてたからね。あれは宗教じゃなくて強制労働だったね。働かされてた彼らは脱退できたのかなぁ)。しかし・・・

この団体を含め宗教団体に属したことが一切ないので、詳しくは知らない。ただ宗教に対して思うことはひとつある。それは、あまり勧誘活動はしないで欲しいということ。はっきり云って迷惑。自分たちで信じてりゃいいじゃん。

学生時代、大学の正門の前から渋谷方面にバスで出かけることがあったが、よくガタイのいい白人に握手されて「神を信じますか?」と聞かれたことがあった。正直なボクは驚きながら「信じてません」と云っていたが、友人に話すと「それはモルモン教っていって、嫁さんがたくさんもらえていいらしいぞ」と教えてくれたものだった。それじゃぁイスラム教徒と同じじゃん、と思いながら、逆に旦那さんをたくさん持って良い宗教ってあるのかな?なんて考えたりしたもんだった。

また、たいして親しくもないのに選挙の度に電話して来て、こちらの選挙区の自分の宗教団体系の候補者に入れて欲しいとお願いするのもあったなぁ。しかもその立候補者の政治姿勢なんて全然云わないで、苦労したヒトだの、誠実だのって延々云ってたなぁ。そんなこと云われたら余計入れないぞって思うのがボクの性格だって、知らないこと自体が友達じゃない証拠なのに、と思いながら聞いてた思い出があるなぁ。あの政党が小泉と一緒になって格差社会作ったんだもんなぁ。小さい時に潰せなかったんだなぁ。しかもあんな電話勧誘を何千何万という信者がやってたわけで、NTT(当時電電公社)って国政選挙がある年は随分儲かったんだろうなぁ、なんて。

しかし、この「目ざめよ!」って本はいったい何なんだろう?今回投函されていた本は特別号でテーマは「幸せな家庭を築くには」らしい。表紙には家族で抱き合ったり手をつないだりしてる写真が並んでる。東洋人らしい家族の写真も出ているが、これを観てもなんだか違和感を感じてしまった。子ナシのボクにはほんとに縁のない宗教なのかもしれない。もしかしたら避妊具が“悪”で、子供を作んなかった夫婦は、彼らにとっては“敵”なのかもしれないゾ、なんて思ったり。ごめんなさい、神さまっ!

本の扉には「毎号の平均印刷部数」として36,725,000部、「82の言語で発行されています」とある。ふ~ん、宗教の力はすごいものですな。よく鉄道の中吊り広告にどこかの太ったガマガエルのような教祖が世界中の大学で名誉博士号をもらったと、空しい宣伝をしてるけど((バカほど高いところが好き=アホほど高い名誉欲・・・まったくこれじゃぁ資格マニアオヤジじゃないか。与党ボケ?)、宗教団体のエネルギーだけは無宗教のボクにも認めざるを得ない。

しかも投函されたのは「目ざめよ!」の2009年10月号(まだ9月なのに!いち早く迷える子羊=ボクに届けてくれたんですね、証人さん!)の「幸せな家庭を築くには」特集には7つの「秘訣」が書かれていた。

秘訣1.優先順位を間違えない、2.誓約を守る、3.チームとして働く、4.お互いを尊重する、5.道理をわきまえる、6.許し合う、7.強固な土台の上に家庭を築く

おぉこれは至極当たり前のことではないですか!しかもなんだかどこか立派な会社のミッションみたい。でも改めて云われるとなんだかホント恥ずかしいものです。うん、うん、分かりました。あなたたちのおっしゃることはとても立派です。でもね、ボクはあなた方と一緒には家庭訪問なんてできないし(恥ずかしいから)、手術した時や事故って出血したら輸血して欲しいし、そんなに大昔のほんとはどんな奴だったか疑問だらけのキリストさんを信じるわけには行かない。けど、少しは真っ当な人間になるように努力するよ。それで許してほしい。でもさ~・・・

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2009年9月14日 (月)

ふと思う疑問 オッフッフッフの日なのに ルミネ '090914

ルミネで買い物をよくする。それはルミネカードを持っていると毎日5%OFFだからだが、さらに年に3回?ほどあるい10%OFFも大きい。でもいつも個人的に忙しい期間や週末出張などと重なってしまうこともあり、ちょっと困っちゃったり・・・

さて今週末も久しぶりの10%OFFだったので、妻と意気高揚と出かけた。土曜日はあいにくの雨模様。まぁビルの中に入ってしまえば気にならないのだが、自宅から駅までがちと気にかかる。

ショッピングセンターの常ながら、男性向けのファッションショップは少ない。95%以上が女性向けのショップではなかろうか。ボクは今回服と国内出張用のキャスター付き旅行バッグを探していて、なかなかなものを見つけられたのだが、結果服もバッグも値段と内容に一致点を見いだせず購入に至らなかった。買ったのは会社で使うスリッパ(ボクの通う会社は玄関で靴を脱ぐのだ)と、両親の誕生日プレゼントの和菓子、そして食品だった。食品は2,000円以上になると配達してくれるお店もあり、これもうれしいサービスだ。ボクらでうれしいのだから、高齢や虚弱なお客はさぞありがたいだろう。両親への誕生日プレゼントも送りたがったが、愛知県はサービス範囲ではなく、残念ながら持ち帰った。隣の静岡県までは送れるのに、といつも残念に思うことだ。

そしてルミネの10%OFF日の楽しみは、なんと云っても食事だ。ルミネの飲食店は、昼食に松屋の牛丼や天やで天丼食べてるボクにとって「10%OFF」はひたすら大きい。妻と外食するので小遣いも減らない(せこい!)。夫婦で大手を振って、“ちょっぴり贅沢”が出来るのだ。今回も土日の昼と夕の4回をルミネで食した。結局食べるのはいつも食べてるメニューになってしまうことが多いのだが・・・

しかし、今回、少々残念なことがあった。それは・・・いつもは余り行かない(と云っても年に二度ほどは行く)お店で麺類を食べた店での店員のあるヒトことだった。

お支払いは現金ですね

「あん?」・・・カード払いがお店にとってどれくらい割り引かれるか知らない。確かにお店は現金の方がいいだろう。でもこれだけ「ルミネでお買いもの、オッフッフッフ」とルミ姉のキャラクターでTVでCMまで流してるのに、「現金でお支払」って聞きますかねぇ?う~ん、これはきっと「この店員に愛想がないなぁ」と思っていたことも伏線だったと思う。この店員はかなり完璧な仕事ぶりなのだが、その振る舞いがとても硬質で“潤い”がないのだ。しかし無駄も間違いもないから、「もう少し優しくできないのかなぁ」くらいの思いがあったところ、頼んだ料理が運ばれてきて、「御注文は以上ですね。お支払いは現金ですね」と来たのだ。これにはびっくりした。テーブルの脇には「ルミネカードで10%OFF、即日発行」とポップも踊っているのにもかかわらず・・・

でもこの店員の発言は、ルミネに落ち度はないことだ。しかし、テナントはカード割引を本音では喜んでいない。そうだとボクも思うが、でもこれを云われちゃうとなぁ。どうして「お支払いは現金ですか?カードになりますか?」と聞けなかったのか?そこまで考えて、もしかしたらルミネもテナントに圧力掛け過ぎてないのかな?と思えてきた。新宿のカフェ・ベルグへの立ち退き圧力とかも報道されてたことがあるけど・・・信濃川の取水詐欺事件なんかもあるし、JR東日本ってちょっとイイ気になってない?でもまた10%OFF、やってね。

2009年9月 2日 (水)

便利考 無料配布ティッシュはありがたい '090902

風邪を引いてホントに助かるのものはポケットティッシュだ。普段は一日に1枚使うかどうかなのだが、風邪を引いたとたんに一日に三個くらいはゆうに使ってしまう。今回の夏風邪は鼻水風邪で長引き、かれこれもう一週間。妻にもうつしてしまったようで、家じゅうのゴミ箱に鼻水で膨れたティッシュが溢れている。

今手元にあるティッシュの包装カバー(ビニール)には、「ゆるぎない計画を」と書かれている武富士のもの。そもそもサラ金で計画的にお金を工面するヒトが行くのか?と突っ込みたくなるが、演技の存在感は凄いけど私生活ではつまんなそうな吉岡秀隆を誘惑して(勝手に決め付けてすみません)すぐ離婚しちゃった内田有紀に、「計画的」だなんて云われたくないなぁと思いつつ、まぁ相変わらずソソル美人なのでオジサンは許す。

大学に通うために東京で暮らすようになって早30年近い。すでに老体晒す正真正銘のオジサンであるが、この間、一度もお金を出したことのないものが二つある。NHKの受信料とポケットティッシュだ。

大学に通い始めた頃、ボクの玄関トイレ共用風呂なしガラス窓四畳半の下宿にはそもそもTVはなかった。中学生時代くらいからTVを観る習慣がほとんどなかったから必要もなかったが、ある日NHKの受信料収集のオヤジがやって来て執拗に「大学生でも払うのは義務」とTVのないボクに偉そうに云う姿を眺めながら、「あぁこのオヤジはTVのない家などある筈がないと決めてかかっているのだな」と苦々しく思い、一生払わないことを誓ったのだった(たとえTVを持っていたとしてもそんな支払えるお金は持っていなかったが・・・しかしNHKの受信料って高過ぎない?毎月500円くらいなら払ってもいいけど。でもPCやワンセグはタダってのは解せないなぁ)。

さてポケットティッシュだが、我が家はポケットティッシュが30個くらい常備している。この約半数がサラ金のもの。一週間無利息だの、自動支払機は駅の脇のビルの5階だの、いろいろ書かれている。そして相変わらず「計画的に」だ!ボクはこれまでの人生でサラ金を利用したことはないが、使わないと決めているわけでもない。まぁ借金は住宅ローン以外にしたことがないからだが、古い友人などは「急な吞み会とか出張とかの時にたまに使うよ」と上手く利用しているヒトもいるようだ。ちゃんと返せばこれほど使いやすい借金方法はないだろう。友人や親せきに借りるより全然楽。でもボクのように忘れっぽい人間は出来れば避けたいものだ。

サラ金以外でポケットティッシュをくれるのが、居酒屋、Hなお店、スポーツジム、旅行代理店、マンション案内のたぐいだろうか。中でもピンク系のお店の宣伝文句はなかなかいい。ボクのように風俗に縁のない人間にもなんとなく心に潤いを与えれくれる。あぁお金さえあればこういう女の子のところに行けるのだなぁと。

ポケットティッシュはサラ金も含めていろんな駅の前とかで通勤の往復時や出かけた街角でもらえる。喜んでもらっている訳ではないが、いつか必要になるものだし、配っているヒトのノルマが減るのならと、目の前に出されたティッシュをいただく。たまに呑み屋やラーメン屋のカウンターにごっそりサラ金のポケットティッシュが「ご自由に」って感じでドサッと置いてあると笑える。でも道を歩いてて急に方向を変えて、わざわざもらいに行くご老人やオバサンを観たりすると、なんだかガッカリしたりする。それがまったく老人向けのポケットティッシュじゃなかったりして配ってるお兄ちゃんを困らせたりしてるのをみると、あぁ~と声を出したくなるのだが、あの何とも言えない力の抜ける行動の源は何だろう?

とにかく鼻風邪にはポケットティッシュがなくてはならないお友達。ポケットティッシュって、立派な文化だと思う。ホント感謝してます。

2009年8月16日 (日)

世相考 不愉快な夜に 中央線三鷹行き最終 '090815

中央線各停三鷹行き最終列車は、定刻01:01を過ぎてもまだまだどっしりと新宿駅16番線に腰を据えている。これはいつものことで、この電車に乗り慣れた客はしょうがないと諦めている。

なぜ三鷹行きは定刻に出発しないのか?まず、この列車自体が定刻に新宿駅に到着することはまずない。飯田橋や四ッ谷など沿線の客を拾いながら新宿駅にたどり着くまでに、たいてい3,4分は遅刻する。そしてさらに山手線池袋行き最終電車が01時ちょうどに到着し、同じホームで乗り換える客(ボクもそのひとり)を詰め込んだ後、今度は山手線品川行き最終を待つのだ。池袋行きも遅れるが、そもそも品川行きは新宿駅14番線に到着する予定時間が池袋行きと同じ01時ちょうど。定刻通り新宿駅に着いたとしても、階段やエスカレータを経由したって01:01発時の三鷹行きに間に合うはずが元々ない。でも最終だから乗せなければいけない。だから三鷹行きは定刻を過ぎても、何も慌てることなく、毎夜内外廻りの山手線からの最終乗り換え客を待ち続けるのだ。中央線はこの三鷹行きの後は01:16の中野行きが最終となる。

ボクはこの三鷹行き最終列車に、過去十年間にも数十回乗ったのと思う。この3ヵ月の間にも、もう数回乗ったのではないだろうか?酔って乗ったことはほとんどない。たぶん乗客の9割以上が呑んだ帰りのはずで、その中でシラフのボクがいる訳だ。

この中央線三鷹行き最終の特徴は何か?それはとにかく混むことだ。ほとんどの客は呑み屋でしたたかに酔って、でもとにかく帰宅しようとぎりぎりの努力の末、なんとか最終列車に辿りついた人々なのだ。朝のラッシュ並みに詰め込まれて発車する列車。しかも充分にアルコールが沁みわたった老若男女の表情は赤く染まり、ヒトによっては吊革から脱落しそうな客もいる。吐きそうに真っ青になっている客や扉の脇に持たれながら眠気が襲うのか、突然膝をガクッと落として我に返る者もいる。着席客の3人に一人は爆睡中で大口を開けて幸せそうな客もいる。そして朝のラッシュ時と大きく風景は、社内が賑やかなことだ。グループで乗り込んだ客のいくつかは、まだ話し足りないからと呑み屋の延長よろしくハイテンションなノリいろんな話が車内を飛び交う。今日のライブを批評する楽器を抱えたグループ、会社の同僚を噂する会社員、相手のアパートに泊まろうと期待満々のカップル、飲食店帰りの店員風のグループ・・・様々な表情が眺められる。

そんな「中央線三鷹行き最終」に、お盆の週末、14日の夜に乗ることになった。仕事が片付かず、翌週月火の関西出張の準備も重なり、づるうる残業となっていた。結局その日のうちに自宅に帰ろうとした思いは果たせず、せめてタクシーを使わずになんとか帰宅しようと、山手線のとある駅から乗り込み、新宿駅で「中央線三鷹行き最終」に乗り継いだ。

たぶんお盆期間中の週末だったからだろう。車内の混雑は日頃と比べて格段と低い。立ち客も多いが肩が触れ合うほどでもない。ボクは吊革を降ろす金属バーに手をかけながら読みかけの本、朝日新書・出河雅彦著「ルポ医療事故」を読み始め、池袋方面乗り継ぎ客を待っていた。

そしてその池袋方面からの山手線が隣ホームに到着し、乗り継ぎ客が乗り込んで扉が閉まる直前のタイミングで、ボクのいる車輛に乗り込んできたのがある女性3人組だった。その3人はボクの背面に並んで吊革につかまったが、酒に酔っているのかかなりの大声で話し始めた。「***ちゃんがさ~」「うわっ、そうなの~」「え~、ほんと~」とまくし立てる様に話し出し、特に真ん中のひとりは左右の友人の会話を促すように少し後ろに下がって来てボクの背中に度々ぶつかるのだった。車内には他にも賑やかに話し合うグループが幾つもいてそれなりに騒々しかったのだが、その3人組は特に声が高かく、そして笑い声の大きさは一つ上を行っていた。特にひとりの女性の声が大きく、聞かずともその話の内容が耳に入ってきた。

その三人組の大声が気になるのはボクだけでもないらしく、ボクの斜め前に座っている女性客もその3人組を怪訝そうに見たりしていた。そして列車が東中野に到着する頃、ボクの真後ろの女性が笑い転げるようにボクの背中に当たった。ボクはたまらず振り返り彼女の肩に触り、「ごめん、少し声を下げて」と云ったのだっだ。その女性はハッとしたように「はい」と云って声を下げたようだったが・・・

しかしそれがアダになった。急に声の大きなもう一人の女性が「なになに?静かにしろってぇ~?、ナニ様なの~」「電車の中を図書館みたいに思ってる奴が居るんだよね~」「うるさかったら自分が動けばいいのよ~」「どのオヤジよ~、そんなワガママ云うのは~」・・・と云いたい放題を始めたのだった。これには堪えた。あぁ注意しなきゃよかったと後悔しきり。また、この車輛は自分が降りる駅の出口にぴったりの場所で、しかもあんな非常識に云われて移動するのも癪だし・・・読書に専念するも読んでいる気分にならない。相変わらずの大声と笑い声、そしてボクへの非難・・・疲労感押し寄せた。

結局中野で多少ヒトが降りたことで車内がすき、高円寺で扉の前に移動して、彼女たちの声から少し遠退くことが出来、ホッとした。そして自分の降り駅に到着し、心身ともに疲れきった体を引きづるように改札を過ぎ、駅前の松屋に入り夕食として豚丼並と生野菜を食べて、ようやく心を落ち着かせることが出来たのだった。

中国人風の女性店員はボクの注文をこなしつつ、弁当客をさばき、カウンターに残っていた器や箸を片付け、テーブルを拭いていた。そしてボクが食べている間中、たったひとりでソースやドレッシングを補充し、生野菜を補充し、厨房内の掃除にとりかかった。ボクの後に着席客は来なくて、一人ひとりと帰る客の背に「ありがとうございました」と少したどたどしい日本語で声をかけていた。

不愉快な夜だったが、腹を満たせたことと、その女性中国人店員の手際の良い働きぶりを見て、少し静かなお盆の東京の深夜の街を家路についたのだった。

2009年8月 7日 (金)

あ、似てない?このふたり[福島敦子&大川きょう子] '090807

今日、自転車を漕いでいて、久し振りに、あぁ、似てるぅ~!と思うカップル発見!

それはだれあろう、福島敦子さんと大川きょう子さんだ。

福島敦子さんは最近余り観ないかもしれないけど元祖インテリ系キャスター。CBC(中部日本放送)で元社員アナウンサーをした後NHKで契約アナとなり(※1.※2.)、NHKの看板ニュース「NHKニュース21」などで活躍したヒト。けっして美人じゃないけど、高松塚古墳に書かれてたみたいな、まぁ柔和そうな才女って感じで活躍してたヒトであります。でも今や彼女は「イチローの嫁さんの姉」としての方が有名かもしれないなぁ(※3.)。最近の女子アナと違って、落ちついた語り口調と穏やかな笑顔で、安心できる女性アナウンサーでありますな。

さてさてもう一方は大川きょう子さんである。このヒトは誰か?知らない?いやいや東京の人ならきっと知ってるはず。いやはや知っているヒトは知っている・・・かの「幸福の科学」の大川教祖の嫁はんであり、今東京中の幸福実現党のポスターに賑々しく載っているご婦人である。このヒト、笑えるのはついこの前の東京都議会選挙時には確か党代表だったのに、いつの間にか教祖・隆法くんに党首を奪われ、比例の1位も持って行かれてしまい、でも東京比例区で立候補するのかなと思ったら、なんと実家(秋田)に近い東北ブロックから立候補することになったらしい。云ってしまえば我がままな旦那に振り回されているカミサンの悲哀を身をもって世間に晒しているという訳。だってついこの間、『「幸福実現党」党首の決断』なんて超手前味噌なタイトルの本を出したらしいのに、決断したとたんに党首を旦那に奪われちゃってる哀しいご婦人なのだよ、まったく・・・もしかしたら、そんな逆境話を今度の選挙でアピールしたら、東北地方の封建的な家庭のご婦人方の涙を誘って少し票が増えるかも?ちなみに5人もガキがいるそうで、あの大陸系時代錯誤顔の隆法くん&きょう子ちゃんの組み合わせだからあまり実物は見たくはないけど、20年くらいしたらいろんな新興宗教と同じで財産欲しさに正統争いして世間を騒がせるかもしれないなぁ。

でも似てると思うなぁ~、すごく久しぶりに感じたもんなぁ。もしかしたら大川きょう子は福島敦子なんじゃないかななぁ、なんて思っちゃったなあ。年齢もそんなに離れてないみたいだしなぁ。

どこか、今月末の衆議院選の幸福実現党の開票レポーターに福島敦子を使う放送局はないかなぁ。ツーショット、すごく面白いと思うけどなぁ。

でも、この前まで自民党を応援していたらしい幸福の科学が急に選挙に出始めたのは、やっぱりダイサク党にべったりのミジン党に嫌気が差したのかなぁ。実現党の投票数で信者の数もおおよそわかるので、選挙結果も楽しみだなぁ。

※1..同じくNHKの契約アナの走りとして、「クローズアップ現代」の国谷裕子さんがいる。

※2.名古屋→東京でブレイクのパターンは、阪東英二、星野仙一と同じ?.

※3.彼女がCBCで活躍いていた頃、マリナーズのイチローは名古屋で野球少年だったはずで、イチローは彼女の顔を刷り込んじゃった結果、妹の福島弓子と出来ちゃったのでは?とボクは信じている。もちろん独断です。

余談:このブログを書いてから気づいたのですが、ボクより早くこの二人が似ていることに気付いてブログに書かれていた方が何人かいらっしゃいました。先に書かれた方々、遅出しジャンケンしたみたいで、失礼しました。でも、同じ思いをした方がいてなんだか嬉しい次第です(090819)。あの党はその後迷走しているようですが、どれくらい票が入るのでしょうか?見ものですね。でもついこの間の千葉知事選まで自民党に投票してた団体ですからねぇ・・・

2009年8月 5日 (水)

メディア考 癌死と怨恨殺人 '090805

前置き:物騒なタイトルで申し訳ないです。大したことは書いてません。

歌手の川村カオリさんの死亡報道に接し、ふと昨年末の元厚生労働事務次官経験者の連続襲撃事件の報道を思い出してしまった。

川村カオリさんは'04年に乳癌を患って以来、手術や抗癌剤治療を続けて、一時芸能活動も復活させながら闘病生活を続け、今年の7月に亡くなった。ちょうど5年である。よく癌は5年を経過して再発がなければ根治と云うそうだが(乳癌は10年とも)、彼女はすでに転移が分かっていたから、ある程度覚悟が出来ていたのかもしれない。しかし、38歳である。若い。いやいや、十代や二十代で癌を発症するヒトもいるのだから、癌に年齢は関係ないのかもしれない。しかし、もっと生きたかったろう。かつて乳癌は子供を産んでいない女性がなりやすい病気と云われていたようだが、それも違うようだ。逆に乳腺が発達していて女性ホルモンも活発に分泌されている若い女性の方がなりやすいという説もあるらしいし・・・。

つくづく癌は不思議だ。自分の細胞分裂時の遺伝子の複製ミスから引き起こされる細胞の暴走が宿主である自己を殺してしまうだなんて。日本人の死因のトップに癌が登場して何年くらい経つだろうか?(前にも書いたが)なぜ癌は増えているのか?と云う問いに「長生きする方が増えたから」と云うのが真相だと云う。長生きすれば細胞分裂の回数もそれだけ増える。分裂回数が増えれば複製ミスの確率は高くなると云う訳か。なるほど・・・

しかし、川村カオリさんの癌死の報道に、癌患者の方々はどう接したのだろうか?自らを見つめただろうか?乳癌は他の癌に比べて完治するヒトの多い病気だと云われているから、期待を込めて治療している方が多いだろう(早期治療であれば九割以上の患者さんが治るとも)。それに反して、乳癌は転移もしやすい病気だとも云われている。癌は転移すると治りにくいとも。

そして、昔癌は珍しい病気=不幸な病気として思われた時代があった。が、実はそうでもないことが分かってきた。かつては患者本人にも告知もされない時代が長かったし、余計に他人が一般的に語られることがなかったのだと。医師も治すことを目的に治療に入る訳だから、根治出来ない病気のことは語らなかったのだろうか。

ボクは癌の死に接する度に思うことがある。癌に闘いながら亡くなった方々は、その癌闘病の期間に伴った痛みにどれだけの緩和治療が施されただろうかと云うこと。癌を克服することと痛みに耐えることはイコールではないと思う。逆に癌を克服するためにその痛みから解放させるために、そしてそれは初期から疼痛治療がなされるべきだと。痛みを我慢することは闘病ではないことを、患者も医療者も共に考えるべきだと。川村カオリさんは亡くなる二ヵ月前までステージに立っていたという。きっと適切な疼痛治療がされていた結果だと思う。短くとも素敵な人生だったのではないだろうか。

そしてボクは、川村カオリさんの癌死の報道に、いったい癌患者とその家族たち、そしてそれを見守る医療スタッフの方々はどんな思いをしただろうか?と思った。ガッカリしてしまった患者さんもいるかもしれないし、逆に彼女のように輝こうと思ったかもしれない。

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2009年7月20日 (月)

失業の風景 一年後の悪夢 '090720

・・・ボクは先日、気味の悪い夢を観た。それはこんな内容だった。

ある日、デスクで仕事をしていると社員たちがやって来て、デスクを囲み「今から帰れ」と云ってボクを椅子から立たせた。「荷物は後から送る」「もう二度と来るな」・・・そこには一年前の上司とその会社の役員・・・

ねっととりとした寝汗にくるまれて目が覚めたボクはしばらく動けないでいた。いったい何なんだ。

去年の今頃、ボクは失業者になった。あれからちょうど一年が経っていた。その間にサブプライムローン焦げ付き騒動とリーマンショック(倒産)による大不況があり、福田おとぼけ息子から自信満々ダミ声お坊っちゃまに政権がタライ廻され、結局10ヵ月の失業生活とその後の再就職したボクがいた。しかし今になってどうして・・・

ボクは去年の5月にある会社を辞めることになり、しばらくの休職期間を取って6月の終りに正式な失業者になった。その会社の辞め方は、今回夢に見たような強制排除のような情景は表向きには全くなく、話し合いで辞めることを決め、出社最後の日も静かに会社を去ったのだった。もちろん送別会の開催は拒否した。当たり前だ、あの会社の誰と酒を呑んで楽しいものか。

確かに辞めることが決まるまでには、様々な嫌なことがあった。はっきり云ってその職場を去ることはボクにとって救いだった。まさにエスケープ。脱出だった。

その職場は、中途採用を募集しておきながら、現場の社員は全く受け入れる体制になかった。入社してから給料は年棒制だと云い始めたりで、ずいぶんお粗末な会社だとは思ったもので、案の定職場では現場の社員たちは年上のボクを目の上のタンコブのように慇懃無礼に扱った。そうなのだ、忙しいし売上も上がっているからスタッフは増員して欲しい、でも入って欲しいのは自分たちでコントロールしやすい便利な奴、と云うことなのだった。入社してすぐ居心地の悪さを満喫して、今度辞める時は「会社都合」にして辞めた翌月から失業給付を受けられるようにしよう、と誓ったのだった。しかしそんないい加減な会社だからこそか、社員を辞めさせるのにも「会社都合」にはしたくないというツラの皮が厚い。明らかにお互いが受け入れないことに抗議しての協議離婚であるはずなのに、「あなたが勝手に辞めた」形にしたがる会社。聞けばボクが入った1年前も同じような30歳代後半の中途社員を入れたが3ヵ月で辞めたとのこと。しかもそれは「ノイローゼ」が原因で、他の社員が云う事には「体調を崩して」・・・2年も続けて中途の社員が辞めるのは、受け入れ態勢に問題があるとは思わないのだろうか?これが業界トップと云われる会社かと、正直「イイもの見せてもらいました」という心境だった。しかし、業界トップの会社に入ったとたんに辞めたボクは、いい歳をしてかなりのダメージを負ったのだった。

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2009年7月17日 (金)

ふと思う疑問 西友カード割引の日に 090717

最寄り駅の傍らに西友がある。ウォルマートに買収された後もなかなか業績が上がらなくて、長い間潰れちゃうのかな?と心配されていた西友だが、ボクはずっと前からいつもと変わらず利用してきた。うちのつがいのインコだって、かわいかったことはもちろんだけど、5%Offの日に売れ残ってカワイそうだったから買ったのだ。

そう、その西友5%Offのセゾンカード感謝デーはうちのような貧乏人には結構お得な日。なのでよく利用させていただいている。西友がジリ貧だった去年くらいまでは、毎週のように5%Off日を繰り返してたのに、最近は「5日と20日は5%Offの日」だなんて言って、なかなかしなくなった。ちと残念だが、ウォルマート流にエブリティ・ロープライスにしてるんだからいいでしょ、って感覚なんだろう。たしかにうちでも消費量の多いビールがいつ行っても6缶パックで\1,090はうれしい(酒は5%Offの対象じゃないらしく、5%Off日以外に日常的に購入してます)。でも5%Offは大きいと思う。100円で5円割り引くなんてうれしい!2000円のお米を買えば100円もお得。ちっちゃいアイスクリームくらいなら買えてしまう。

だから、西友5%Offのセゾンカード感謝デーは結構込む。もちろん平日が5%Off日だったらほとんど行けないから(ボクが毎日残業の会社に働き始めたことと近所の西友が早めに終わっちゃうから・・・区内なのに)、だから最近のボクの5%Off体験はもっぱら土日になる。普段だって込んでるのに5%Offでさらにお客さんが集まる。それは良い。安いから皆来るよねって感じだ。

でも、レジに並んでビックリすることがある。支払いでセゾンカードを使っているヒトが半分くらいで、残りはしっかり現金で払っている・・・????

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2009年6月28日 (日)

ブログ考 自分史として '090628

05/06以来続いていた一日当たりのアクセス数がとうとう「10」を切った。

去年の5月末から始めたこのブログは、ほぼ13ヵ月が過ぎた。今日で約400日がたったと云う訳だ。この間、約200本のブログを気分のままに書いてきた。今年の5月のように毎日のように書いた月もあれば、半分も書かなかった月もある。誰かが覗いてくれるだろうか?という期待ももちろんあったが、それよりも日々の自分の行いや思いを記録するために書き続けていたと思う。読者を想定していないと云えば怒られるかもしれないが、敢えて自分のために着てきたと云える。

そう、ブログとは儚い自分史なのではないだろうか?

先にも書いたが、05/06以来続いていた一日当たりのアクセス数「10」を、06/24にとうとう下廻った。それもそうだろう。6月はまだ9本しか書いていないし、しかも今週は「そのまんま東」の「ミジン党総裁のイス要求」の記事を思わず書いただけだ。こんなに空かすかの投稿では多くのヒトに観てもらうことはできないのは明らかだ。

今日現在での累積アクセス数は3400余り。このうち自分が観た回数が2、,300回はあるだろうが、それでも3,000アクセス以上は知らない誰かが訪れてくれた訳で、これはもうありがたいことだ。

ブログ開始日から累計アクセス数を割ると、一日平均が出てくるが、今日の段階でこの数字は約「8.5」。しかし、05/05までの数字は「4」程度だった。05/07にGW中に観たTVドラマの再放送「小さな駅で降りる」を書いて一気に一日のアクセスが「99」に跳ね上がった。そして05/11にTVバラエティ「行列が出来る法律相談所」に岡田奈々が登場したことを書いて一気に「160」になり、最高数は05/19の「179」だった。読まれていることはとてもうれしいことで、そのよせいをかって5月は合計28本も掲載した。

ブログを書くようになって、様々な思いが出来た。しかしアクセス数に一喜一憂せず、マイペースで書いて行きたい。また本を読むにしろ、映画を観るにしろ、ブログを書くためにする、という行為であるべきではないだろう。全ての行動の後に結果的にブログがあれば、それが自分史になるだろうと思いたい。

2009年6月 9日 (火)

失業の風景 ある中年ふたりの失業 '090609

ボクは今40歳代半ばで、人生の後半の二十年以上をサラリーマンとして働いてきた。この間、今年の4月までの10ヵ月間とそれ以前にした転職の合間の4ヵ月間(2ヵ月を二回)の計14ヵ月の無職期間を除けば、ずっとサラリーマンとして会社から給料をもらい続けて生活してきた。何度か転職をしたけれど、運よくつながって働き続けて来れたものだと思う。転職も一度を除いて全て自分の意志で会社を辞めて、次の会社を探した。全て会社を辞めると宣言してから次の会社を探したという、甚だスマートでない転職だった。

昨夏の退職は心身ともにかなり参ってしまい、会社から「辞めて欲しい」と云われることを待っていたくらいだった(最後はかなりもめたけど)。失業手当(給付)をもらってしばらく養生しようという気持ちになっていて、会社を辞める時はもうまさに気分は“エスケープ”。逃げるように職場を去った形だ。あの会社に残ることは、人生にとって何のメリットもないと思えた。年内に次の職場が見つかればいいかな、いや失業給付期間いっぱい休んでしまおうか、と思うくらいの甘い気持ちだった。しかし、季節が秋に染まるころ、サブプライム破綻の影響深化とリーマン・ブラザース倒産の心理的ダメージから、「100年に一度の未曽有の不況(そんなこと誰がわかるのかね?)」などダミ声お坊ちゃま首相が喜んで解散しない理由で求人市場は笑えないほど急速に衰退し、ボクの再就職計画は一気に吹き飛んでしまった。

そんなバカなボクにも同年代の友人は少しはいる。

友人の中には学校を出て以来ずっと同じ会社に勤め続けている者もいる。ひとつの会社にそんなに長く居られるなんてと、ボクは羨ましくさえ思う。また転職経験のあるものも多い。特に手に職を持ったヒト、また比較的小さな会社に勤めている者に転職経験者が多いように感じられる。まぁ、小さな会社にも勤続十何年ってヒトもいるので、転職は所属会社の大小というよりは、性格の影響も大きいのかもしれない。社内や得意先の環境や運もあるだろう。

大学は違うがクラブ活動を通じて学生時代から知っている、あるデザイナーの友人がいる。彼が最近失業した。

デザイナーとして広告制作事務所を何軒か転職していた彼は、ここ数年はあるメーカー系のハウス・エージェンシーに所属し、TVや雑誌にも頻繁に登場する誰もが一度は目にしたことのあるメジャーな製品の広告の担当者として活躍していた。そんな彼が昨年、東京の事務所所属のまま、「長期出張」という形で親会社の本社がある街に赴任した。その親会社にとっては東京は出先。広告を出すメディアの大半が東京にあることから、宣伝セクションが東京に置かれていたという訳で、この世界ではよくある話。彼はその街でウィークリーマンションを借りてもらい、働きだした。

最初は3ヵ月の約束だったんだ、と彼は云っていた。

仕事内容に変わりはなく、本社の担当者と直接話し合う環境の中で仕事は推移したが、次第に彼と同じように関連会社の担当者たちがその街に集まってきた。その間、彼への約束は6ヵ月に延長されて行った。関連会社の他のスタッフの中には、各地の事務所を整理してほとんどの社員をその本社のある街に移したところもあった。事務所を畳んだ各地では現地採用の社員を解雇しているところも多いようだった。そしてこの春、彼には東京に戻る話がそもそもなくなり、「長期出張」は「現地で住んで欲しい」にすり替わった。長期出張という形では宿泊費と一部の食費、そして月に一度の帰省手当(彼の場合は東京に戻る費用)が支給されていたが、現地雇用化でそれも無くなり、しかも給与の削減も言い渡されたようだ。

親会社のメーカーとしては、この「転勤辞令」は業績悪化による当然の措置だったと思っただろう。多くの社員が転勤で日本全国はもちろん、海外の工場にも赴任していた。しかし、永年デザイナーの一線で働いてきた彼には、この新たな待遇を受け入れられなかった。給与は下がり、家も知り合いもいない街で暮せというのは、彼の選択肢にはなかったのだ。しかも、彼は東京生まれの東京で働くのが大好き男だったのだ。またそもそも期間を限定されての転勤だったのを延長の末に反故にされたという“約束違反”に耐えられなかったのだろう。このまま居ても待遇は良くならないかもしれない。いやそもそもこの街はボクの選択した街ではない・・・

彼は知り合いの広告制作会社をせっせと当り、ようやくひとつの事務所に行きついた。そこは今いるハウス・エージェンシーの前の事務所時代からの付き合いがあるところで、彼は転職後も仕事を紹介した経緯があった。「これで東京に帰ることが出来る」とホッとし会社に辞表を提出した(これはそもそも罠だったのかもしれない)。

しかし、会社を辞める直前に事態は急転した。

転職先の制作事務所から「業績が急速に悪化して、会社に迎えられる余裕がなくなった。今いる職員の何人かも辞めてもらうことになった」と。「採用」を告げられてから一ヵ月も経っていないうちの転回だった。

「甘かったかな」・・・彼は今必死に職場を探しているようだ。

実はボクも去年の秋に「内定取消」にあった中年だ。「じゃぁひとまず顔合わせも兼ねて3日くらいバイトで来てくれるかな?」と面接で意気投合した故郷のある会社の社長に云われ、初日には「採用予定の○□さんだ」と紹介された。忙しいので結局延長してその事務所で五日働いたのだった。4日目まで順調な雰囲気で、その日の夕方社長と専務と会談して「じゃぁ明日、入社日と給料を決めようか」という話になった。そして翌日・・・

社長と専務の顔が冴えない。何やらおかしな雰囲気を感じた。与えられた仕事は昼過ぎには完了して、後はボクの就職のことだけが残されていた。「ちょっと話そうか」と社長に呼ばれてビルの1階にある喫茶店に連れて行かれた。

「昨日、ひとつ大きなクライアントに契約延長はないと告げられた。小さな会社としては結構なウェートを占める業務だった。社員を切るわけにはいかない。申し訳ないがキミの採用は保留させてくれ」・・・

その後半年が経過したが、その「保留」について、何の連絡もない。

正直、東京を離れて故郷に戻ることに抵抗はそれほどなかった。両親も老いた今、近い将来、介護も予想される訳で、40歳代で故郷に職を移すことは正しい判断ではないかと思えたし、正直東京での暮らしにはほとほと疲れていた。大学進学以来、すでに四半世紀を東京で過ごして来たのに、そして住居まで購入しているのに、今だこの東京になじめない。どこに行ってもヒト混み、満員電車、騒音、行列を好み、東京は全ての中心と思ってはばからない多くのヒトびと、理不尽な犯罪の増加、指定日以外に捨てられる分別されていないゴミ・・・学生の頃は自分のために便利に作られている機械のように感じていた東京に、今は無理して暮らしているように感じられ、“負担を強いる街”に代わってしまっていた。そんな東京の街も、いやいや暮らすボクを必要としていないだろう、と。

唯一の懸念は、妻とは離れて暮らすだったが、車で4,5時間、新幹線を利用すればドアtoドアで4時間を切る距離だ。横浜に行ったって千葉や大宮にだって片道二時間近くかかる訳なのだからと思い、故郷でも再スタートを期していたのだが・・・

先日急に「明日の夜、呑まない?」とデザイナーの彼から誘いが来た。通い始めたばかりの会社を出る時間が毎夜21時を廻っていたし、その翌日は打合せ先に直行する日で、できれば呑み会はパスしたい夜だったが、彼の誘いだったからすぐに承諾した。ボクも失業中は多くの友人と時間を共有することで癒されたと自覚していたから、彼が望むことは受け入れようと思った。ボクの番だと。

しかし、翌日「休養したい。呑みは延期にして欲しい」とのメールが届く。「自分で誘っておいてそれはないだろう」と一瞬思ったがすぐに打ち消した。就職に有利なヒトとの吞み会でも入ったに違いない。ボクは話を聞くことしかできないし、励ますような適切な言葉も口にする自信がない。

同じ「内定取消」を受けた中年同士、今はわだかまりなど不要だ。死なないように生きなければ。いや、死んで亡くなるまでは、それが消極的であっても、ささやかに生きて行かなければと、確かめるように思うのだった。

彼の再就職が首尾よく進むことと、自らの職場での安泰を祈った夜だった。

2009年6月 6日 (土)

失業の風景 何が支えになっただろう '090606

失業して10ヵ月。その間、何が支えになったかと云えば、映画に小説、そしてこのブログ書きだったように思う。

そのブログをどれくらい書かないとアクセスが無くなるのかなぁ?と興味があったところ、6月に入って四日目の朝、とうとう0時から朝8時までアクセスなし。まぁ、そんなもんなんだろうなぁと思った(その日は結局終日で19件のアクセスがあった)。

5月に入ってから、数人でやっているささやかな会社に勤め始めたが、久しぶりのサラリーマン生活になかなか慣れない自分がいる。その5月にボクは28件のブログを書いた。再就職した忙しさの中、よくもこれでけ書いたものだと思う。なぜだろう?

思えば、ここ最近のアクセスには二つの山があった。GWにTV東京で再放送された山田太一作「小さな駅で降りる」を観てすぐに綴った後しばらくアクセスが増え、その後、「行列のできる法律相談所」に岡田奈々嬢が出たことについての思いを書いたあとの約二週間にアクセスが急増した。たぶん注目されたのは、岡田嬢の登場の導入になったタレントの宗教絡みの一文節を記述したことによる反響だったのだろう。余りのアクセス数の増加(と云っても一日100を超えた程度だったが)、反響に恐ろしくなって、その日のうちに団体名を外し表現を柔らかくしたのだった。

4月までのアクセス数は一日平均3回くらいだったので、それでも「ボクのブログに来てくれる人がいるんだなぁ」と喜んでいたものだが、5月には急にアクセス数が増えて、最近の一ヵ月だけを観れば平均は約30回くらいになるのだろうか。見ず知らずのヒトたちと一日で30人も会うなんてバスガイドかツアーガイドを除けばほとんどないだろうから、少々感動的な日々だった。

4月までは、その時読んだ本(読書録)、観た映画(映画録)、好きな食べ物(好物録)など、自分がしたり思ったりしたことばかり書いて来て、内容はまさに日記。テーマを絞ったブログでもないし、しかもアマノジャクな性格から流行りの本は読まないし映画も観ない(試写会鑑賞時を除く)。誰もが忘れた頃にたらたら思いをぶつけてる。そんなブログが早々注目されることはないと、今でも思っている。

日々のアクセス数が数十を越える日が多くなったからと云って喜んでいては、毎日何万もアクセスがあるタレントや人気ブロガーの方々に笑われるだろう。今のアクセス数が個人のブログとしてどれくらい少ないのかはわからない。しかし、自分のつたないブログに毎日そんなに覗きに来る方が居てくれるのだなぁと素直にうれしいし、それですごく満足しているのだ。もちろん数字に喜んだだけで、観に来た方の中には「こんな変なこと書いてる奴がいるぜ」と笑ってるヒトもいただろう。訪れはしたけどわずか数秒で去って行く訪問者もいる。まぁ、それはしょうがない。内容が“無いよう”と云うことだろう。笑われて当然だ。

約一年、ブログを書き続けて来ての気付きはふたつ。ひとつは、時勢に合ったこと、たとえばその日に観たTV番組や社会の動きについて書けば、当然のようにアクセスが増える。そしてもうひとつは、地味な本や映画のことを書いたり些細な話題でも、すぐにはアクセスはないけれど、ある日ずいぶん昔のページを覗いてくれるヒトが必ずいるということ。これはうれしい支えだ。これがnetの素晴らしさであり、検索エンジンのすごさだろう。

でも、去年の6月、逃げるように前の職場を辞めてから早11ヵ月が過ぎた。10ヵ月の失業期間を経て、まだなんとか生きていることに、少々ホッとしている。

冒頭に映画と小説とブログ書きが支えになったと書いた。それは正しい。しかしもっと支えになったのは、妻の「そのうち働くんでしょ」という言葉と、酒や愚痴に付きあってくれた友人たちである。 感謝。ただひたすら感謝するのみ。ヒトは支えあって生きているのだとつくづく思っている。

2009年6月 5日 (金)

風景の中で 梅雨がもうすぐやって来る '090605

子供の頃、6月は田植えの時期で、家の大人たちは朝から水廻りや苗の世話で大変だった。まだ田植え機などない頃で、田植えの日には親戚や親の会社の同僚たちが駆けつけて一斉に田植えをしたものだ。水を張った水田に大人たちが横一線に並んで、一斉に苗を植えて行く。祖母などは田植え唄なども謳っていた。意味不明で上手いとは決して思えなかったが、今思えばただ懐かしい。どんな歌詞だったんだろう。

田植えの時期は、水田農家の子供も観客ではない。祖父に姉やボクに変形した田の隅に連れて行かれ、「ここがお前たちの担当だ」と苗を渡された。仕事を与えられた喜びでぬかるみの田に入って泥だらけで不細工な田植えをしたものだ。

田植えが終われば酒盛り。仏間続きの八畳間がビール瓶で埋め尽くされた(缶ビールなんてのもなかった頃)。よくもまぁこれだけのビール瓶を空に出来るものだと子供ながらに驚いたものだった。田植えが終わっても母と祖母は料理作りが待っていた。あの頃、農村の女はいつ休んでいたのだろう。祖父母もすでに亡く、年老いた父母は稲作を放棄して数年になる。ボクはひとり故郷を遠く離れ、遠い昔の思い出だけが鮮明に蘇る。

ボクの誕生日もこの6月。子供の頃はいつも田植えの真っ最中で誕生祝いをする雰囲気ではなかった。というより誕生日を祝う、という風習すらなかった。父は今でもボクの誕生日を知らないだろう。ただ祖母は農協の購買(まだAコープなんて変な名前はなく、ただ単に「農協」と呼んでいた)でパインアップルの缶詰を買って来てくれて、祖母と姉と3人で食べたことを思い出す。輪切りにされたあの甘ったるいシロップ漬けの味。実を食べ終わった後に飲み干す心地よさ。貧しい時代のささやかな御馳走だった。農村育ちのボクには「ケーキ」と云う言葉もまだ知らなかった。

風に水気を感じるようになると、ボクは田植えを思い出す。あの水田はもうすぐ区画整理の対象になって宅地化される。汗かきのボクには苦手な季節だが、ただ懐かしい、もう取り戻せない歳月。夜気に当り、ふと振り返ってしまった。

2009年5月27日 (水)

ふと思う疑問 ミニスカートは覗いて欲しい '090527

最近の昼間は、五月からこんなに暖かかったっけ?と思ってしまう程の東京の陽気である。上着なんて着てるとシャツが汗ばむくらいだ。でも湿気はまだ低いし、夜はちゃんと涼しくなるから、ホッとする。

去年あたりからいたけど、今年は春からショートパンツの女の子を特に多く見かける。まぁ自分の美?脚を見せたいだろう気持ち全開なのは逆に微笑ましい。が、はっきり云って全然セクシーじゃぁない。まぁそんな女の子たちにはそもそもボクのようなオジサンは眼中にないだろうから、ま、好きにやってくださいってところかな。セクシーじゃないかわりに、ショートパンツの女の子たちは一様にスタイルが良い。そう見えるために努力してるのか?とんでもない奴はそんな恰好はできないのかな?

ショートパンツが多いのはきっと大学や専門学校の女学生なのだろうと察する(あんな恰好で会社で働けないでしょ?)が、女子の中高生たちは相変わらず超ミニスカートが多い。セーラー服のスカートをビザ上に限りなく付け根まで持ち上げている女子高生の中には、たまにとんでもなく似合わない奴がいる。確かにいまどき足元までスカートかける「スケバン(おー死語)」はいないだろうけど、それにしても顔・スタイルの良し悪しにかかわらず皆ミニスカである。

そこで、ひとつ疑問。というか、はっきり云いたいことがある。全国の老若男女の皆さん、女子高生のスカートの中は出来るだけ覗いてあげよう。ただし、手鏡突っ込んだり、靴先やカバンにビデオを忍ばせたりするのはご法度。どうしても耐えられないヒトはそう云うサービスしてくれるお店に行くか、さっさと捕まって牢屋にぶち込まれてください。

ボクが云いたいのは、わざわざスカート丈を短くしてるってことは、要するに“観て欲しい”証拠だと云うこと。「スカート姿は褒めて欲しいけど、スカートの中は見世物じゃないわ」などと嘯くだろうが、男はスカートの中も見たいのだ。ミニスカ見せて中を見せないのは道理にあわない。

例えば駅の階段やスーパーやデパートのエスカレータなんかで見上げると、当然のようにスカートの中が見える。たまにパンツも見えたりする。これはしょうがないことだ。傘を差してれば傘の下にいる本人は傘の中が見える、でしょ?ミニスカート履いて高い所にいれば、偶然下にいるヒトの目に入ってしまうのも。あ、いけないものを見てしまった、とこっちが恐縮してしまう必要はない。傘は中を見ないで、なんて言わない。わざわざそんなスカートを履いているのだから、見てあげましょうよ。でも中にはスカートの後ろに鞄なんかでお尻あたりを覆って「下から見ないでよ」って感じにしてる女の子がいる。でもそれって、おかしくないかい?ミニスカ履けば見えますよ。見えるものは見える。いやならミニスカ履くなって云いたくなるのはボクだけだろうか?

例えば、男がミニスカ履いてたら、観たい?ボクは見たくない。だから男は履かないのだ。見せるような代物ではない、と気付いているからだ(スコットランドのエジンバラやグラスゴーのエスカレータにはスカート姿のおじさまたちが乗っているのだろうか?・・・)。

男の多くは女の子のスカートの中に興味があるのは普通だと思うが、女は他人のスカートの中が見たいのだろうか?女は逆なだけで、これが性差だと思う。そんな短いスカート履いておいて、中はダメ、だなんて詐欺だと思う。しかもスカートの中はパンティじゃなくて分厚く黒いホットパンツ(ミセパンって云うんかい?)のようなものを履いていることが多く、たまにそれがスカートのすそから見えちゃうカッコワルお姉さんもちらほら。スカートの中はパンティだろう(少々酒が入っておりまして・・・)。と云う事で、スカートのなかは積極的に覗きましょう!と全国のみなさんに訴えたい。

ミニスカ履いてる女の子たちは、ミニスカの中を見てもらいたくてミニスカなのだ!

とボクは思う。だから積極的に見てあげないといけない。階段やエスカレーターでは積極的に上を見上げて、じっと眼を凝らそう。振りかえられて目が合ったとしても、目を逸らすことなく、じっと目線を跳ね返し、スカートの中に視線を凝らそう。ただし、手鏡で覗いたりビデオで録画したりするのは、自分の彼女だけにしよう。彼女のいない奴はそう云うお店に行ってきましょう。男がスカートの中に興味があるのは、犬が電柱や角の塀に小便をかけずにいられないのと同じ。本能を抑えてはいけない。観るのはタダだ!無実だ!

2009年5月25日 (月)

ふと思う疑問 朝のおそうじは公害のもと? '090525

朝、自宅や自分のお店の前(道路)を箒で掃除しているヒトをよく見かける。これは日本中で繰り広げられている街角のありふれた風景だろう。出勤途中で観たりして、「日本の街角はこういうヒトたちがきれいにしているんだなぁ」と長い間感心していたものだった。

いや、今でも感心している、がその全てではなく、今ではかなり懐疑的になってしまったのだ。どうしてか?

それは掃除をしているヒトの何割かが、塵取りを持っていないか、持っていてもゴミを入れていないことだ。ではゴミをどうしているのか?集められたゴミがそのまま・・・あ~っ

集めたゴミが下水口に落とされている!

早起きして自宅やお店の前をせっせと掃除している人々の中には、何食わぬ顔してゴミを下水口に流しているヒトがいたのだった。しかしそれに気付いてからはどうも気になりついつい見てしまうと、けっこうな割合でゴミを落としているヒトがいるいるいるいる・・・あぁ~見なけりゃよかった。

自宅やお店の前はきれいにしていたい。それはよくわかる。でも・・・これには二通りの気持ちがあるのではないか?

ひとつは、自分のいる建物の前の道くらい自分できれいにしようじゃないか、という純粋な気持ち。自分だけじゃなく通り過ぎる人々に道がキレイであることで、気持ちよくなってもらおう、と。エライ!

そしてもう一方は、知らないヒトに自慢の家の中を覗かせるわけには行かないけど、家の中もさぞきれいにしているのだろうと思わせたいから、前の道をきれいにすることで、それに続く建物の中も「きれいなんだよ」とわからせたい気持ち(ちょっと考え過ぎ?)。

ほとんどが前者の気持ちと思うけど、でもせっかくきれいにしても、集めたゴミはゴミの収集日に出そうよ。ゴミを下水に落としてたら、そりゃ犯罪じゃないか?

下水道局が「ゴミは流していいですよ」と云っている訳じゃないだろう(よね?)。でも流れたゴミはどうなっているのか?詳しいことはわからないが、町中のゴミが流れて行ったらきっと困っているんじゃないだろうか?増してや流れ着いて溜まったゴミの駆除に多額の税金や人手がかかっていたら・・・しかも急な豪雨などで下水管から水が逆流して道路に水が溢れることが都会ではよくあるけど、その原因がおじさん、おばさん達が流すゴミだったら・・・

もしかしたら下水口にゴミを落とすことで「公害」を引き起こしていたら・・・困ったもんだ。

これ、真面目な話しです。

2009年5月21日 (木)

ふと思う疑問 赤十字の募金が来た '090521

赤十字、と聞いてすぐ思い浮かべるのは、そのマークだ。たしか救急車や病院に貼ってあったと思う。そしてスイスの国旗。白地に赤の十字、国旗としては日本の日の丸と同じくらいシンプルではないだろうか?(そう云う意味で日の丸は好きだ。君が代はどうも・・・・)

さて、昨日我が家に町内の回覧板が到着し、「赤十字会費(社費)募集におけるQ&A」と「赤十字協賛委員のみなさまへ」というパンフ、そして楕円の会員証シールが中に同封されていた。パンフは回覧だが、シールは各戸分ある。

赤十字は日本各地に「日赤」が冠に付く病院を持ち、献血事業なども行っていることは知っている。比較的大きな街の駅前などで「*型の血液が足りませ~ん」と看板を掲げたスタッフがよく叫んでるのを見かける。彼らは社員なのか?ボランティアだろうか?駅前の献血センターで献血したことはないが、ボクも学生の頃数回献血した記憶がある。献血と云えば、以前未使用の血液を捨てた、もったいない、などと非難されたことがあって、日赤ってそうなの?と疑問に思ったこともある。ついでに赤十字と云えば、国際貢献である。世界の紛争地や災害地に駆け付ける医療スタッフの中で、赤十字はその主要な構成メンバーだという。日赤からも外国の災害地にスタッフが派遣された、などのニュースに接することがあり、「がんばってね」とエールが送るを送ったりする。とにかく職員の多くは立派な志と知識と技術を持っているのだろう。

しかし、ふと疑問に思うことがある。

会費が町内会で集められるのはどうなのだろうか?日本中の町内会で集められているとすれば、それは膨大な金額だろう。穿った思いだが、「途中でかすめたりしてるヒト、いないの?」「誰かの飲食費や収入になってないの?」「ホントにこの集め方でいいの?」という疑問だ。

そして疑問は続く。幹部は誰なのか?今の社長は「近衛忠輝」さんと云うヒトらしい。肥後熊本藩細川家に生まれ母方の近衛家の養子になったと云う。皇族が名誉総裁や副総裁に名を連ねるのは知っていたが、社長も公家出身とは・・・いやはや、この国は、生まれが良いとどこまでも優遇されるんだねぇ。

よくわからないのが、日赤の幹部の給料と退職金の出どころだ。厚労省関連の官僚の天下り先になっているようだが、まさか募金(会費)から出ていないだろうなぁ?と疑ってしまう。

集められた会費が偉いヒトの報酬や飲み食い代になっていないことを切に願うばかりだ。

2009年5月17日 (日)

風景の中で 近所のビデオ屋が閉店した '090517

近所のビデオ屋さんが閉店してしちまった。

この2年くらいは、年に3,4回くらいしか利用することもなかったけど、それまではよく利用させてもらったので、この閉店はとても残念だ。

そのお店は、最寄駅を降りて自宅に向かう途中にある、長い間24時間営業だった。旧版一週間利用で、7泊8日、一本\290。月に一度、火曜日は\200になり、半年に一度、一本\100にする店だった。新作を観ないボクのようなお客には、安上がりで利用しがいのあるお店だった。

その半年に一度の\100の日は、よく面白い光景が見られたものだ。ビデオを何本も抱えて血走った眼でレジに並ぶ未成年のガキが何人も並んでいたものだ。男の大人としてそんな光景はなんだか微笑ましかった。そうなのだ、奴らの抱えていたビデオはほとんどがAVなのだ。中・高生の頃の頭の中は“H”のことばかりなのだろう。ボクの子供の頃はDVDどころかビデオもなくて、ひたすらグラビア雑誌や裏本や官能小説でその欲求を満たしたものだったが。でもあの時代、AVがあったらボクもああして並らんだろうなぁ、と思ってしまう。レジに並ぶの少年たちはこれからの一週間は太陽を観ないかもしれない・・・

ボクがレンタルビデオを一番利用したのは、医療ドラマ「ER」を第Ⅰシーズンから観通した頃だ。ボクはERファンとしてはかなりの後発組。ボクがオンタイムでERを観始めたのは第Ⅶシーズンくらいから、併せて第ⅠシーズンからⅥシーズンまでをレンタルで借りて、約2年間で全てを観た。毎シーズン、32,3本放送されているから、実に200本近くのERをビデオで観たことになる。その全てをそのビデオ屋で借りた訳だ。

ERのバックナンバーを観終えた後は、映画も欧州映画を中心によく借りた。毎回だいたい2本くらい隔週で借りていた時期もあった。妻が不在にする週末が事前に分かっている場合などは、Hなのも含ませたり。あのお店が閉まったということは、ボクにHビデオを観るなと宣告しているようなものだ。あぁ・・・

ボクはまだ体験してないが、今巷では郵送で映像ソフトが借りられる時代だ。TVCFでは「ネットで借りて自宅に届きポストへ返却♪」と歌っている。あれはどういうことだろう?

でもそんなサービスが蔓延したら、街のビデオ屋さんは立ち行かないだろう。う~ん。時代の流れは速すぎる・・・

とにかくよく利用した近所のビデオ屋が閉店した。時代の変化はボクの足元まで及んでいる。あのサービス日にHビデオを抱えていた少年たちはどうしているだろうか?もういい大人になったかな?

あぁ~、オジサンのたまの楽しみがなくなっちゃったじゃんかっ!

2009年5月16日 (土)

ひとやすみな思い '090516

いつも思いつくことをランダムに書いて来て、気付いたらこの半月、毎日欠かさず書いてきた。作家でも芸能人でもコピーライターでもないんだから、すこし休も。無理して書いてたわけじゃないけど、疲れたかも。

この一年、あまり旬な話を書いてこなかった。けど、試写会などに行ってすぐ感想書くとやっぱり見に来ていただけるんだなぁと気付き、TVで観たことをすぐ書くと、ドヒャッとアクセス数が増える体験も初めてして正直びっくり。

芸能人とドラマ、そして少し宗教のこと書くと増えるのはなぜだろう?悪く書いてるつもりはないけどなぁ・・・でも具体的な団体名を書くと怒られるのかな?と思い、翌日訂正しちゃいましたが・・・でもみんな知ってることだよねぇ?えっ?タブーなの?そんな国じゃないよね?

ボクは基本的に無宗教、でも困った時などは思わず「カミさま~」って呟いてる、適当な奴です、ハイ。・・・まぁ、その時は具体的な神さんを思い浮かんでいる訳でもなく、えらいヒトってことかな。ガンジーとかホーチミンとかゲバラとか・・・かな?

ということで、今日はここまで。次はいつかな?・・・いや、またすぐくだらないハナシは書くと思うな。

2009年5月15日 (金)

ふと思う疑問 あなたの彼は手洗いしてない '090515

ボクは男だから女性トイレに入ったことはない。いや、間違えて入口まで入ってしまったことはないではないが、中まで行ったことはない。

ボクはこの40数年の間、男性トイレのユーザーだから、男性トイレのことで、永年の疑問があるのだ。あくまでも個人的な見解だが・・・

トイレで用を足した後、手を洗う男は半数以下だ、と云う実態を女性たちは知っているだろうか?

男は小便の際は片手でペニスを支える。小便の出る先端を支えるヒトは少ないだろうから、指を添えるのはたいてい真中から根本にかけての部分で、小便の放物線からは離れている。しかし・・・水(尿)滴が全くかかっていないとは言い切れない。しかし、そうした後、洗面所で手を洗わないヒトは驚くほど多い。

感触では、会社のトイレで手を洗うのは約6~7割。ホテルなどフォーマルな感じのトイレでも約8割くらい。駅のトイレなどでは急いでいるからか、手を洗っているのは半数以下だろう。

でもあの後、洗わなかった手で書類を触りPCのボタンを打つわけだ。デート中なら恋人と手をつなぐかもしれない。Hな場面ではその指で女性の体を触るのだろう・・・この実態は綺麗好きの女性には考えられないことだろう。

ボクはトイレの後手を洗う習慣が付いている。手洗いが出来る場所なのに洗わなかったことなど、記憶の中にはない。逆に手洗いの蛇口が壊れてて手が洗えなかった時の気持ち悪い思い出があるくらいだ。紙タオルがあるところでは決まって顔も洗っちゃう。手洗いは気持ち良いのだ。

でもぼくはここではこう書くが、口頭で女性には云わない。

男はトイレで手を洗わないやつが多いんだよ」なんて、云わない。云えないよ。女性にも男たちに云えないトイレの実態があるのだろうか?知りたいような、知りたくないような。

2009年5月 6日 (水)

ふと思う疑問 そのままで結構です。モスバーガー '090506

大学に入学するために東京に来て最初に食べたハンバーガーはモスだった。大学の周辺にあるハンバーガー屋さんはモスだけだったのだ。駅前商店街と幹線道路沿い。コンビニエンスショップなんてポツンポツンとあるくらいで一番近いお店は隣駅の商店街の端のローソン(いや、名前はサンチェーンだったかも・)だったような気がする。しかも営業時間は夜11時までだった頃だ。20年以上前の話だ。

そんなモスバーガーを食べ続けて20数年。平均して二ヵ月に一度くらいは食べているだろうか?引っ越す先の近所にはたいていあるし、住宅街にあることが多いから、休みの日なんかにゆっくり行くことが多い。

でも、ひとつ気になることがある。トレイなどの片づけだ。

ハンバーガーショップはたいていセルフサービスだ。マックもロッテリアもファーストキッチンも。しかし注文してから出来上がるのに時間のかかるモスの場合、たいてい食事を持って来てくれる。でも下げ台が設けてあるから、片づけは自分でやってね、というスタイルは他のチェーンと同じだろう。でもそこで問題が生じる。

トレイを片付けようと下げ台に向かっている時に限って「ありがとうございます。そのままで結構です」とよく云われるのだ。こっちは片付けなど大したことではないので、最後まで片付けたいのだが、とてもすまなそうに中断させられる。

はたしてモスバーガーでは食べ終わったら片付けるべきなのか?テーブルに置いたまま去って良いのか?

トレイを片付けることなど難しいことではない。紙などの燃えるものとプラスチック系の燃えないものを区別すればいいのだから下げ台の前で1分もかからないだろう。他のハンバーガーチェーンで普通にしていることだから、手間でもない。しかも下げ台がしっかり用意されている。もし片づけをしなくて良いのなら、下げ台などない方が良い。事実ミスドでは下げ台がないお店が多く、実際店員から「そのままでいいです」と云われる。なんだか食べ終わったものを置いておくのは心苦しいのだが、下げ台がないのだから片付けようがない。そう云う意味でモスバーガーの態度は曖昧でややこしい。

下手に片付けられて、不燃ごみに可燃ごみを入れたれたり、コップやスプーンを捨てられたりするのがいやなら、1.下げ台を取っ払う、2.下げ台に「片づけはスタッフがいたします」と大きく書いておく、という対応をお願いしたいものだ。

せっかく他のハンバーガーチェーンと一線を画した評価があるモスなのだから、片づけ時にわだかまりを残すのはいかがなものかと思う。お客の目線に立ってもらいたいものだとつくづく思うのだ。他のヒトはどう思っているのだろうか?

これ、まじめな話です。

2009年5月 2日 (土)

ふと思う疑問 明治神宮は“集まりたがり屋”の聖地だ '090502

毎年正月になると日本人は急かされるように初詣でに赴き、いくばくかの金銭を投げその年の願いを懸ける。正月の“当たり前”風景でこれ自体には疑問を挟む余地は全くない。かく云うボクも子供の頃、義務のように紅白歌合戦を観終わり除夜の鐘の響きを聴きながら意味もわからず近所の八幡社に詣でたものだ。

でもいつも疑問に思うのは、初詣での参拝人数である。ボクがまず地元の八幡社に詣でるのは、地元の氏神だからである。ボクの姓は地元の集落では多数派を占め、隣近所のほぼ半分は同じ姓という地域で、多分数百年以上前から住んでいるのではないかと思う。きっとボクの何代も前の祖先もきっとその八幡社に詣でだていたのではないか、と思えるのだ。まぁ、それが愛着というものなのだろう。

では全国ではどうなのか?例年正月三が日の参拝数の上位も寺社をマスコミが報じているが、毎年ほぼ常連の寺社名が並ぶ。大都市に人口が集中している以上、その近辺の寺社への参拝客数が増えるのは致し方ないにしろ、ここで疑問が浮かび上がるのだ(発表される数字も「ほんとに数えてるの?」と疑問ではあるが・・・)。人々はなぜそんな寺社に足を運ぶのか?

参拝数は、1980年以来東京の明治神宮がトップななのだが、それがボクには不思議なのだ。明治神宮が出来たのはたかが1920年のこと。そうなのだ、出来てまだ百年も経っていない新しい神社なのだ。地方出身者のボクは、「東京のヒトは新しいところが好きなんだなぁ」という思いになる。

1983年以来2位と3位を占めている成田山新勝寺と川崎大師(※1.)が、共に寺院で真言宗智山派であることも面白い(※2.)が、成田山新勝寺は開基が940年、川崎大師は1128年で、共に相当な歴史がある。上位の常連で他の寺社をみても、京都の伏見稲荷神社[708年]、大阪の住吉大社[211年]、鎌倉の鶴岡八幡宮[1063年]、福岡の太宰府天満宮[919年]、大宮の氷川神社[BC473年!]、東京の浅草寺[628年]、名古屋の熱田神宮[不詳]・・・

氷川神社の紀元前473年っていうのは確信犯的な匂いを感じるが、熱田神宮の「不詳」ってのは逆に「そんなに古いのかい?」って神話時代的な歴史を匂わせる。とにかく明治神宮以外は軒並み1000年級の歴史がある「由緒正しき」寺社さんなのである。

ではなぜ明治神宮が一番人気なのか?

たぶん幕藩体制が終わり最初の立憲君主国家として最初の君主となった明治天皇を祀った明治神宮を、大日本帝国体制は天皇制国家の象徴として権威を高めたかったのだろう。初詣で数日本一という結果は、かなり成功した結果だろう。

そしてそして太田道灌が江戸城を作ったのが1456年というから、江戸は出来てから500年くらいの、他の日本の城下町に比べればまだまだひよっこな都会であり、しかも徳川幕府が出来てから発展して住民が増えた訳で、しかも日本の首都・東京になったのは1868年から。

思うに、新しい町に住むヒトも新しいヒトたち=東京の住民は、とにかく神社も新しいところが好きになったと云うことだろう。東京のヒトはとにかく新しもの好きだし、行列ができればすぐ並びたくなる“集まりたがり屋”。明治神宮への初詣でも、きっと「みんなが行くからわたしも」ってのが、東京庶民の行動原理にぴったりだったんだろうなぁ。

ところで、初詣の参拝数の上位寺社が1980年以降ほぼ固定化しているのはなぜだろう?ちょうど高度成長も成熟し、中曽根政権が成立したのが1982年・・・国民の中流意識が蔓延して国中が“まったり”し出し、累進課税の改悪され出して右傾化した表れが、初詣での現状にも表れているのだろうとつい考えてしまったのだ。

※1.川崎大師は呼称で本名は「平間寺(へいけんじ)」と云うそう。なんだか可愛いね。

※2. 関東にはそんなに真言宗門徒が多いのか?いやいや、この二つがともに「商売繁盛、交通安全」を掲げたから、それに釣られてるって要因が大きいのだろう。商売が巧いってことですね。

2009年4月24日 (金)

ふと思う疑問 ある社会保険事務所への問合せ '090424

くだらない些細な思いをひとつ・・・

ボクは今失業者。失業者も年金を払う義務がある。就職していないから当然国民年金だ。社会人になって20年以上払ってきたから、収入が無いからって今更止める訳には行かない。そして四月。「国民年金保険料納付案内書」というのが届いた。

定額保険料は月額@14,660、これを毎月払うことになるが、1年分や半年分をまとめて先に払うと毎月払うより安くなる。「前納」というらしい。

1年分を一括で先払いすると、総額@14,660×12ヵ月=\175,920が、\172,800になる。割引額は\3,120。割引率は1.77353%になる。僅かな率だが、金額的には結構ある。一回安酒飲んだくらいの金額だろうか。半年分の先払いもあるが半年で\710、もう半年後にまた先払いするとして年間\710×2回=\1,420、割引率は0.80718%になる。\1,420・・・牛丼4回分くらいだ。

ボクは今失業者だが近いうちに就職したいと考えている(出来ないかもしれないが・・・)。もし就職した先が厚生年金に入っていたら、先に払った年金はどうなるのだろう?と疑問になり、「国民年金保険料納付案内書」に書かれていた番号に電話してみた。地元の社会保険事務所だ。

そして電話に出た方に「納付案内書が届いて、前納について教えてもらいたいので」とここまで来たときに電話の向こうから「担当に代わります」との声が・・・

「担当の方ではないのですか?」と聞くと「これは代表電話ですから」とさも当たり前と云った返答。ここでふと感じたことがある。

会社や団体、公共機関には代表電話があるのはわかる。しかし、特定の目的のための案内をしているのだったら、その書類には代表電話の番号ではなく担当部署の電話番号を記すべきではないだろうか?ボクはその時、少々うんざりしてしまったのだ。何でこんな簡単なことができないのかな?と。なんで代表に一旦かけないといけない構造になっているんだと・・・。一瞬、使えないHP=なかなか目的項目たどりつけないHP=を想像してしまった。

そしてどうしても代表電話にしたいのなら、電話に出る際に「はい、***事務所代表電話です」とはっきり云うべきではないかと。そうしてもらえたら「***についての担当の方をお願いします」と云えるではないか。

結論的には、電話はタライ回しされずに、次に出た方が「厚生年金に加入された時点で前納され重複している金額は返納の手続きがされます」との返事だった。

「それでは前納で割引された分の損得はどうなのですか?」と聞くと、「損得はありません」との返事・・・そうなのかな?と疑問に思いつつ電話を切ったのだった。

些細なことである。でも・・・なんとなく思うのだが、目的がはっきりしている書類には、目的にすぐつながる電話番号や担当者を配するのが“気持ちの良いサービス”ってことになるんじゃないかなぁと思った次第。

こんな思い、おかしいかな?

2009年4月10日 (金)

ふと思う疑問 がっかりなサービス・BOOKOFF '090410

BOOKOFFのことをまた書きます。

先日ボクの携帯TELに近所のBOOKOFFからこんなメールが届いた。

[ブックオフ**駅*口店☆セール情報☆]

★★★*月*日(*)コミック全品☆30%off☆★★★

■105円の商品も対象です

漫画好きのボクは行かづばなるまい、と心に誓った。特に、その前日の夜、105円の漫画を三冊購入していたボクは、「あぁ二日後だったらもっと安く買えたのに」と少々悔しかったからだ。

そしてお店に着いてびっくり。お店が閉まっていたのだ!「本日棚卸のため20時までの営業」みたいな紙きれが扉に貼ってあり、お店に入れなかったのだ。いつもは24時までやってるのに。お店の中は照明がついてあって店員が忙しそうに動いている・・・

せっかくお得なセール情報をもらっても、いつもと違う営業時間であることを伝えてくれなかったことで、ボクはお店に入れなかった。ただガッカリと云うか、少々怒りも覚えた。これって詐欺?

ボクは用事ついでに電車で出かけた帰りに駅を降り、帰宅の途中で寄ったのだから無駄は少なかったけど、わざわざBOOKOFFに行くために外出したり、迂回して来たヒトはきっと怒るに違いない。

BOOKOFFさん、もう少し客の立場になって商売した方がいいと思うな。

これ、まじめな話しです。

2009年4月 1日 (水)

ふと思う疑問 弱い者が苛めてる '090401

交通機関でストがある時に「あの会社はストばかりやってよくない」って云う人いるけど、どうなんだろう?

確かに交通機関が運行しないってことは利用者には迷惑な話だけど、そもそもストは、経営者と労働者の雇用関係の交渉が拗れた結果。だから、解決しなけりゃストするのは当たり前の権利。

それにストが解除された後の運行上の復帰作業は大変。だから、労働者もホントはストなんかしたくないはず。通常のダイヤ通りに運転した方が絶対楽だし、利用者からも文句を云われたりしない。

ストがあって迷惑したと思う利用者は、もし文句を云うなら経営側に向かうべきだと思うな。駅員や車掌に文句言っても始まらない。あれじゃぁ、立場の弱い者を苛めてるだけだよ。

それに文句を云っちゃうその人のスト権や団結権ってどうなってるんだろう?ちゃんと闘っているのかな?

最近、交通機関のストってそんなにないけど、ボクはむしろストがあると、いつも普通に使っている交通機関のありがたみを感じたりする。例えば池袋から渋谷にJRに乗ったら160円。でもタクシーに乗ったらいったいいくらかかるだろう?JRの10倍では済まない。公共交通機関ってすごく安価だと思うな。

だから、年に一度あるかないかのストくらい、文句言うのはやめようよ。同じ労働者として逆に応援するくらいの度量があってもいいんじゃんないかな。

これ、真面目な話です!

2009年3月29日 (日)

ふと思う疑問 お決まりの際に伺います '090329

ファミレスや飲食店に行った時に「注文がお決まりの際に伺います」ってよく云われる.

けど、ボクが注文を決めた時に来てくれた試しがない。必ず手を挙げて呼ぶんだよな。当たり前だよ。他人の心が読めんだったら、もっと凄いことしてるでしょ。

どうして「注文を決めた時がわかる」なんて云えるんだろう?

あと、料理を持って来てくれた時に「*(料理名)*になります」って云うよね。そんな時「あんたはコーンスープなのかいっ!」って突っ込み入れたくなる。やっぱり「お待たせしました。*(料理名)*です」ってのが普通だと思うなぁ。

まじめな話です!

2009年3月21日 (土)

ふと思う疑問 いらっしゃいませ、こんばんわ '090321

住まいの近所に比較的大きなBOOKOFFがある。漫画好きには便利な古本屋だと思う。

そんなBOOKOFFでの話し。最近では少なくなったようけど、本を探してる時に店員が突然大声で「いらっしゃいませ、こんばんわ」とか「ただいま**キャンペーン中です」って叫ぶことがある。あれ、うるさいよ。近くで本を探してる時なんか、特にびっくりしちゃう。確かに図書館のようにシーンと静かでなくていいけど、落ち着かないのはどうかと思う。

音楽を急に止められたり、突然大きな声や音が流れる環境が普通に思えるようになったら、それはもう情緒不安定な人間になっている証拠だと思う。

それに流れてる音楽を急にブチ切って放送始めたりする時があるのも×だな。聞いてる音楽が急に切られて気持ち良いヒトはいないはず。しかも放送のボリュームがやたら大きな音に設定している場所なんか耳を覆いたくなることがある。「いらっしゃいませ」とか呼びかける神経があったら、音楽のこと、放送のこと、気にして欲しいな。

BOOKOFFにはもっといろいろ云いたいことがあるけど、またにしよう。BOOKOFFが好きだから書いてるんだよ。

これ、まじめな話です。

2009年3月17日 (火)

失業の風景 初めての確定申告 '090317

生まれて初めて確定申告ってのをした。お金が返ってくるなら、うれしいよね。どうかな?

申告書類はもう一ヵ月以上前に、たまたま税務署の近くを通った時にもらってたんだけど、その日は少し読んで眠くなっちゃったのでそのままにしておいた。TVのCFでも、街を走るバスの車体にも、確定申告を呼びかけていたのに、なんとなくやらなかった。そして、あっという間に3月の13日になっていた。妻に「月曜日は込むから今日行っておいた方がいいよ」と云われ、朝書類を読んでみて、すぐに眠くなっちゃった。う~ん・・・まずい。

夏に辞めた会社が送ってきた源泉徴収票と、保険会社からの生命保険と地震保険の控除証明書、そして社会保険庁からの国民年金の控除証明書をかき集めた。それから自宅家屋の年末残高等証明書も見つけた。下手に間違えて記入すると書き直しが面倒だし、間違えだらけで申告書類が使いものにならなくなったらまずいので、週末の金曜日、午前10時頃に自転車で約10分の税務署に向かった。

税務署の廊下には、ネット申告するヒトの列と相談者の二列が、部屋から伸びていた。廊下から観える部屋の中はまるで人気の立ち呑み屋のように混んでいた。ちょうどJRの緑の窓口のように立って記入するスタイルの机がいくつも並んでいて、それぞれの机が投票会場のように6人づつに仕切られて、たくさんのヒトが立っていた。机が九つだから室内にはざっと54名の相談者がいる。まるで満員電車だ。

十分ほど待って相談会場に入れた。「わからないことがあったら係の者に声をかけてください。青と黄色のジャケットを着ている者が相談員です。」と教えてくれるが、係のヒトどう見ても10人にひとりもいない。しかもすでにほかの客に捕まっている様子。通りがけに声掛けても、他の人用の書類を持って来た様子で、「少しお待ちください」と云われるだけ。

しばらくして向いの客が相談員を見つけて相談を始めた。そこでびっくり。客「書類は持ってきました」、税務署員「ハイ、見せてください・・・(この間30秒ほど)・・・年末調整されていますね?」、客「はい、会社でしたと思います」、税「では、何しにいらっしゃったんですか?」、客「えっ?何もしなくていいんですか?」、税「いえ、収入は会社の給料でだけですよね?(客、うなづく)でしたら、もう済んでますよ」、客「あ、そうですか。」、税「何か申告する収入とかがありましたら確定申告は必要ですが」・・・年末調整してるのに来ちゃったらしい。ご苦労なことだ。

その相談員を捕まえて何をどこに記入したらいいか聞いてみた。まず確定申告書Aの第二表に、所得額と各種控除額を記入せよ、それから第一表に移れと指示。なるほどなるほど・・・ここで、住宅控除には、年末残高等証明書以外に、住宅取得時に税務署から発行された「住宅借入金等特別控除申告書」が必要なことがわかった。「その書類がないとダメですか?」と聞けば「なくても別の書類を提出すればいいが、まずあなたが住宅を取得したことを確認することから始めることになります」とのことだ、う~ん、税務署にとっても面倒らしいし、今更取得時のお金の出し入れ具合を探られるのも面白くない。じゃぁ、一旦自宅に帰って書類を探してみよう。それに、ここじゃ落ち着いて記入できないぞ。

そんなこんなで金曜日は自宅に引き返したのだった。この間約20分、行列は建物の外まで延び出していた。確定申告書の提出は、残る月曜日のみとなった。

それから二日後、日曜日の23時になってようやく記入する気になって、書き出すといろいろと足りないところも出てきた。12月に3日いたアルバイトも申告しなきゃなと思い、アルバイト先が送ってきた書類もつけた。そんなことしてるうちに深夜2時近くになり、風呂に入って寝た。

翌朝、やはり10時頃税務署に着くと、なんと税務署敷地内に臨時で作られているプレハブの提出所から長い列が。蛇行しながら100mはあるのでは?う~ん、これはすごい。ボクは昨夜作った書類をチェックしてもらうために署内の相談の列へ。前回よりも列は長いが外にはみだすほどじゃない。20分ほど並んで室内へ。さっそく相談員を探して確認してもらう。

税務署員「全て記入したのですか?」、ボク「はい、書類があるものは全て」、税「ではこれを提出してください」、ボク「書類がたくさんあるのですが、糊でどう貼ればいいんですか?」・・・この質問に税務署員はおもむろに書類を重ねてホッチキスで提出書Aにバチりと。なるほど~。ボク「ありがとうございました」 ものの5分くらいで退室。しかし外には提出の長い列が建物を取り巻いてる。雨じゃなくてよかったね、と思いながら、列に並ばず自転車置き場へ。この列じゃきっと30分以上、いや1時間は待たされるだろう。午後ならもう少し短くなるんじゃないかな?と踏んだのだった。

ボクは近所のコンビニに行き書類をコピー。だって本物を提出して、その後音沙汰なしで還付金が無かった時に確認できないよね。社会保険事務所と違って税務署はきっちりしてるだろうから大丈夫だろうけど、お役所仕事は信用ならないからなぁ。

そんなこんなで、結局15時ころに再び税務署へ。やっぱり列は半減してて、約10分くらいの行列で提出。受取り場所のプレハブの中には、係のおじさんたちは5人くらいで受け取っていた。ほとんど何も確認していないような感じで流れ作業で受け取ってる。

「審査に二か月くらいかかると思いますので」・・・らしい。いやいや、あの大々行列じゃ、もっとかかるんじゃないの?と心配になったり。ちゃんと観てもらえばいいので、ゆっくり正確にやってください。

こんな感じで生まれて初めての確定申告書の提出が終わったのだった。ふぅ~

2009年3月13日 (金)

ふと思う疑問 性は幼い方が許される? '090313

性は幼い方が許されるのだろうか?

よく新聞の社会面で「18歳未満と知って少女と性的関係をもった」って感んじで逮捕されたヒトのことが載ってる。けど、どうして大人の男は18歳未満の女の子としちゃいけないんだろう?(断っておきますが、ボクはそう云う趣味はありません)

じゃぁ男の方は18歳未満だったらどうなんだろう?ラブホ街なんて高校の制服着た男女がけっこう歩いてる。ボクの高校時代だってバイクの後ろに彼女乗せてモーテルに突入した奴がいた。大人の男だけ18歳未満の女の子としちゃいけなくて、高校生同士はOKなのか?高校生に許されて大人はダメっておかしくないか?

もしそうなら、性的関係を持っている高校生の男が18歳になった瞬間に、逮捕されるのかな?それに巷に溢れてるヤンママの中には16,17で子供産んでるヒトもいるけど、相手の男の年齢はどうだったんだろう?

ね、なんだかおかしいよ。女性の結婚年齢の下限を18歳にすべきだと思うな。それか年齢下げて15歳未満の男女同士またはどちらかは性的な関係を持ってはならないってことにすべきなんじゃないかな。

まじめな話です!

2009年1月 9日 (金)

ふと思う疑問 車掌さんに謝られても・・・ '090109

鉄道に乗っていて、列車が遅れた時なんかに、「**駅でお客様が線路内に立ち入られたため・・・」と理由を述べた後に「御迷惑をおかけしております」と謝られることがある。

でもそれって“勝手に線路内に侵入した”「客」が悪いんだよねぇ。酔っ払いがホームから落ちたとか、線路の上を歩きだしたとか、でしょ。迷惑かけたのはそのアホで、鉄道会社じゃないんだから、車掌が謝るべきじゃないと思うなぁ。もしそのアホの責任が鉄道会社にあるんなら、、線路に立ち入らないようにホームを囲わなくちゃいけないジャン。

とりあえず謝ればいいって安易な発想で謝るっていただけないなぁ。何でもかんでも謝ってばかりだと、「モンスターなんとか」ってのが増えていい気になる奴が増えるんじゃないかな?

鉄道会社はタクシーB乗ったら何千円も必要な距離を、数百円で乗せてくれるわけだかし、毎日たくさんの人の生活を支えているんだから、もっと威厳を持つべきだよ。

そりゃもちろん信号や車両故障が理由ならもっと誤ってもらいたいけどね(今日の運賃はただにします、とかね)。

まじめな話です!

2008年12月20日 (土)

日常の風景 昨日の交通事故 '081220

自宅の近所にある警察署の道路に面した入口の脇に「昨日の交通事故」という掲示板がある。都内と管轄署内の死亡者数と怪我人の数が掲示されている。買い物によく行くスーパーへの行き帰りにいつも気になってしまう。死亡数が「0」の時はホッとする。ヒトはいつか死ぬが、交通事故で死ぬのは誰もいやだろう。

この警察署の前の掲示板は、一般の人への交通事故への警告なのだろう。ただこの掲示板は歩行者には見やすいが、道路を行き交う自動車のドライバーからはほぼ見ることはないだろうから、効果は少ない。これ課までも日々淡々と数字が替えられて来たのだろうが、この数字が二桁になったりしたことがあるのだろうか?と想像すると怖くなったりする。

交通事故で亡くなる人が減っていると聞くが、怪我したことで入院したり後遺症が残った事故もあるだろう。生き残った方が悲劇、とは云いたくないが、そういう事故もあるのではないか。交通事故が減ることを願う。そして自分や家族、友人たちが交通事故にあわないことを祈る師走・年末である。

2008年11月17日 (月)

マナー考 本を借りる '0811117

生れながらの本好きなので、本を買うだけでなく、公共の図書館でもよく本を借りる。そこで困ることを書きたい。

1.線引き

本を読むときに、文字の横に線を引くヒトがいるが、図書館の本に線を引いたものを目にすることがある。自分が購入した本なら好きにすればいいが、公共の本に線を引いてどうするのだ?「わたしはこの部分が重要だと思ったぞ」と教えるつもりなのか?線が引かれた部分はどうも気になるもので、それまで読んで来たリズムが崩れたりするのだ。線引きが少ない時などは消しゴムで消したりするのだが、あんまり長大なものは何もしない。無理に消しゴムを使えば、ページがくしゃくしゃになってしまったりする恐れがあるからだ。返却の際「文中に線がたくさん引いてありますが、以前からあったものです」などと口添えすることもある。中には、黒鉛筆ではなく、赤鉛筆やラインマーカーで引いたものなども見かける。まったくヒドイ輩だ。

2.紙破り

これは学生時代に国立国会図書館で経験し、最近都立日比谷図書館でも体験したことだ。信じられないことだが、本や雑誌のページや新聞の記事を破いて持って行ってしまう輩がいることだ。破いてしまったら、そこにどんな話が載っているか分からなくなる。小説など読んでいると、急に話が跳んでおかしいなぁ、と思ったらページごど失われていたり、雑誌や新聞のコラムなどの部分がぽっかり空いていたり。本を汚したり、線引きするのも困るが、文字は読めれば何とかなるもの。しかし、文字が無くなってしまったら、文字を読む目的自体が失われてしまう。そんな場面に直面すると悲しくて固まってしまう。国立国会図書館で閲覧した本に欠損頁を見つけた時は正直びっくりしたものだ。あらゆる出版物の収集を目的としてあるのに、その本が破損されているとは・・・

自分のものではない本をどうして汚したり(線を引く)、破ったりできるのだろうか?公共のものとは、他人の物であり、自分のものの一部でもある。自分が読みたい本が失われていたらどう思うのだろうか?他人の立場に自分を置いてみたら、そんなことはできないはずなのだが・・・本当に寂しく、悲しい。

以上、公共の図書館の本にして欲しくない事柄を書いてみた。

2008年10月19日 (日)

勤労考 失業の風景・宅建受験 '081019

今日は年に一度の宅建・宅地建物取引主任者試験の日だった。

前職は人間性が欠如した職場で落ち着かず、転職して早々に、“マズいところに入っちゃったな”と寒気を感じた。足を引っ張り背中をド突くといった雰囲気の職場で神経をすり減らし、はっきり云って落ち着ける日は一度もなかった。職場はそれぞれが仮面を被って人の弱みを探すようなところだった。そんな職場から逃げ出すように某代理店を辞めてもう100日余りが経つ。在職期間約半年の笑っちゃうような典型的な“転職の失敗”である。どこかの転職紹介会社のコピーじゃないが「転職は慎重に」はまさにボクのことだった。

辞めてなんにもする気が起きなかった。聞いてはいたが、世の中にはヒトを足蹴にして喜んでいる人種がいるのだと気づいたのだった。社会人を二十年以上過ごした末に初めて触れた弱肉強食の世界。遅まきながら呆然とし、もう逃げ出すことで精一杯だった。

しかし辞めたはいいが職がない。教職と自動車の運転免許(ほとんどペーパー)という、40過ぎの就職にはほとんど役に立たない資格しかないボクは、そんな中、7月で応募できる資格試験はないかと探して見つかったのが「宅建」。何かにチャレンジするのが精神にもいいかも、と早稲田松竹で映画を見た後、神田川の近くのBOOK OFFで参考書を購入(けっこう分厚い)し、読む日々が始まった。

しかし・・・内容は興味深いがなかなか進まない。3ページ目にはうとうとし、日に5ページ進むのがやっと。ついつい読みかけの小説に浮気してしまう。そしてあれから3ヵ月。夏は秋に移ろい、とうとう試験日がやってきた。試験は13:00~15:00までの二時間。会場で着席を指示された時間が12:30。12:40から試験方法の説明があり、開始の13:00まで、机の上は受験票と時計と筆記用具だけ・・・会場の某高校の教室の席は約6割の入り。けっこう休むヒトが多いんだな、と思っていると三々五々入ってくる。そうなのだ、12:30なんかに席に座らなくても13:00まで外にいれば勉強できるのだ。ましてや試験開始後の13:30まで試験に参加できる・・・もちろん本当に遅刻したヒトもいただろうが、13:30までの一時間をフルに活用したヒトもいたハズだ。試験と云う奴は勉強以外にもコツがあるものだ。そうこうするうちに八割方の席が埋まっていた。地方会場ではこんなに欠席者は出ないのだろうが、全国でもきっと一割くらいは欠席しているだろうと想像した。

試験は50問、すべて四択のマークシート型。この米粒大の楕円は、昔の共通一次や模試以来苦手だ。案の定、くるくる塗っているうちに眠くなって来た。全50問を約90分で一応終えた。後の30分で見直しだ。しかし・・・実は宅建の試験は内容が、権利関係、法令制限、宅建業法、その他諸法の四分野に分かれるのだが、ボクは権利関係しか勉強していなかったのだ。3ヵ月の失業生活の中でのこの体たらく・・・反省しきりである。だから四択が全部正しいように思えたり、すべて間違っているような気にもなり、その微妙な言い回しの差がわからない。う~ん・・・情けなかった。

そして試験は終わった。会場の外には宅建の資格学校の関係者が解答速報の情報などのチラシを蒔いていた。合格発表は12月初旬。合格はまず無理だろうが、ボクはその頃何してるんだろうか?とまた不安になる。鬱だろうか?

宅建受験は不動産狂乱のバブル期に人気が沸騰し、最近でも毎年20万人程度が受験する国家資格。'07年度も209,684人が受験し、17.3%の36,203人が合格したそうだ。毎年3万人も合格者が出る資格なんて他にあるのだろうか?まぁ、たとえ試験に受かってもすぐに仕事に使えるわけではなく2年の実務経験などが必要になるし、免許は5年毎の更新がある。だから資格保有者が毎年積み上がって行く訳ではないのだろう。

宅建を受けて感じたのは、土地や建物の取引には様々な法令があり、それにはいろんな時間的な制約(時効や行使期間)や権利があるのだということ。これは他人事ではない。資格を取る取らないを別にしても、この知識は深める価値があり、実務的な教養として知っていても意義のあるものだと感じた次第だ。そんなこんなで、ボクの宅建受験体験は果たされた。さて来年は受けるだろうか?来年は何してるのだろうか?

試験会場は自宅から公共交通機関を使って約50分かかった。はじめ自転車で行こうと考えたがダメだという。自転車でも多分同じ時間で到着したと思うし、往復ならかなりの運動になる。駐車場の関係で自動車利用はは無理でもせめて自転車利用くらいは許可すべきではないか?メタボ撲滅と政府も云っているのだから、逆に自転車利用を推奨してもいいのでは?と疑問に思った。

帰宅して妻から「御苦労さま」と云われて少々後ろめたい気分になってしまったのは、自分が悪いのである、ハイ。

○あまりに憂鬱なので最後に、新聞で見つけた素敵な短歌を無断転載します(共に朝日新聞「朝日歌壇」'080818紙面より)。

君が語る言葉はいつも正論で漬物石のようにつめたい 松戸市・東洋さん

胃カメラを呑んでいるとき胃の壁を取ると言われてNOと言えるか 横浜市・朝見頼雄さん

2008年10月13日 (月)

CM考 長嶋一家とその周辺 '081013

長嶋茂雄氏とその家族について、主にCMに関して少し書きたい。

ボクの子供時代はジャイアンツがセ・リーグを連覇していた頃。イヤになるほどジャイアンツが強い頃で、茂雄氏はジャイアンツで不動の3番バッターとしていつもTVの野球放送で目立っていた(※1.)。ドラゴンズ好きのボクにも、茂雄氏が野球界のスーパースターであることはよくわかっていた(※2.)

でも、それ以上でもそれ以下でもない。茂雄氏ほどの野球スターはいないことを知った上で、その後の氏について語りたい。個々のことは、氏の意志とは別の所で生じたことかもしれないが・・・なぜ、いつまでたってもナガシマなのか(彼が現役を引退してすでに34年が過ぎている)?CMでもTVでも新聞(読売系のみだが)でも、相変わらずナガシマながしまの大合唱だ。いいかげんうんざりしないか?

まず、ご本人のこと。茂雄氏は現役の頃から多くの広告に出演していたようだが、ボクの記憶に残るCMは、警備会社・セコムだ。「セコムしてますか?」という「企業名+する」と云う新しい動詞を生んだことで広告の歴史にも刻まれているもの。しかし現在('08年10月)放映されている木村拓哉氏が出ているCMの使われ方はいったい何だろうか?かなりレベルが低いCMとしてこれまた記憶に残されるだろう。このCMの悪意は、茂雄氏ではなく、あの内容をOKした広告主であり、作ってしまった広告制作会社だろうが、最終的には登場を了承してしまった茂雄氏サイドの落ち度だろう。ちょっと目も当てられないCM。セコムさんに猛省を促したい。あのCMで何軒がセコムに契約の意志を失わせただろうか・・・

それから、長男・一茂氏。立教大野球部からスワローズに入団し、その後父親が監督していたジャイアンツに入って辞めたヒト。ジャイアンツファンではないボクには、彼がジャイアンツにいたことさえ記憶がない。いつ入っていつ辞めたのか?とにかく野球に世襲はないんだな、と確認できたことは有意義だった(これは、野村家でも証明された)。世襲ができない世界=健全な世界と云う意味では、自民党よりもプロ野球が健全であることは言うまでもない(フィクサーはともに読売のドン)。

じゃぁ、一茂氏はどうしているのか?一茂氏はなんと現在、読売新聞グループ本社社長室スポーツアドバイザーであり、読売巨人軍代表特別補佐なのだそうだ。まったく・・・まっとうなジャイアンツファンの皆さん、こんなことが許されるのですか?特に、今年('08年)から放映している三菱UFJ信託銀行のCM・・・この中身がないことと云ったらもう嫌悪感しかありません。「ボクのかけがえのない財産です。」・・・信託銀行なので、親から子へとのメッセージとして、このコピーは許しますが、内容がひどい。息子がオヤジを無批判に讃える・・・気持ち悪いにも程がある。

また、一茂氏は読売系のTV局のニュースやスポーツ番組にもよく出ていて、最近はスポーツだけでなく一般の社会事件にも言及したりしているが、そんな資格があるのか?野球で大した成績も収められなかったにも拘らずスポーツを論じているだけでなく、親の七光りでメディアに出ているのにニュースで世間に向かって常識めいたことを云う・・・何だろう、この軽さは。いったいいつまで一茂氏は親爺で稼ぐ気なのか。恥ずかしくないのかな?とTVを観る度に悲しくなる。

そして、娘の三奈氏。このヒトは相変わらず甲子園が始まると必ずTV朝日系のスポーツ番組に出てくる。なぜ使われるのか?現在もTV朝日のスポーツ局に勤めているそうだが・・・彼女がなぜ読売系列局に入らなかったのか?・・・このヒトについては、もういいかな。

ところで、茂雄氏の現役引退試合、そうジャイアンツの連覇の終わりと共に氏が引退した時、世間ではどこそこが「永遠に不滅です」というセリフで有名のようだが、当日(たしか'74/10/14)は、ドラゴンズが20年ぶりにリーグ優勝して名古屋で優勝パレードした日にあたり、東海地区では茂雄氏の引退はビッグニュースではなかったと記憶している。引退試合も相手のドラゴンズはたしか控えの選手が出たのではないだろうか?

球界のスーパースターである茂雄氏の引退試合の日に、ドラゴンズはなぜ優勝パレードをしたのか?ジャイアンツファンはそんなドラゴンズを「大人げない」と笑うだろう。しかし、ドラゴンズは20年ぶりに優勝したのだ。タイガースが21年ぶりに優勝した'85年ほど報道されていなかったようだが、'74年のドラゴンズの優勝は当時のファンにとっては何より盛り上がった出来事だったのだ。そいう云う意味ではドラゴンズ戦に引退試合をあてるジャイアンツも「大人げない」とドラゴンズファンは云うだろう(応援歌「燃えよドラゴンズ」がヒットしたのもこの年)。

しかし、事情はもっと深い。当時読売新聞は大都市では名古屋だけ発行していなかった。朝日、毎日は戦前から支社を設けて発行していたが読売は進出出来ていなかった(産経はまったく発行せず)。プロ野球で敵対する新聞社が名古屋で発行しても儲からないと考えたのだろう。しかし名古屋で刷らなければ「全国紙」と云われない。読売は意地で名古屋版発行を画策し、なんとドラゴンズ優勝の翌年'75年3月から「中部読売新聞」として発行を開始したのだ(※3.)

ジャイアンツは親会社の名古屋版発行を進めている真っ最中に、セ・リーグ連覇を逸したのだ。読売新聞とすれば、十連覇の勢いで名古屋でジャイアンツファンを増やして一気に発行部数を伸ばしたいところだっただろうし、中日新聞としては読売の名古屋進出の直前に優勝したという、なんとも孝行息子だったわけだ。だから茂雄氏の引退で盛り上がれるはずがなかったわけだ。

長嶋茂雄氏とその一家・・・正直云って読売新聞に翻弄された人々のような気がして、少々哀れに感じるのはボクだけだろうか?ナガシマながしまとファンやメディアが騒ぐほどに読売のおエライさんたちの懐が温まるようで、ただ空しい。

※1.当時ジャイアンツ戦しかTVでは放送していなかった。地上波しかない時代。

※2.ただ、ジャイアンツが親会社の名ではなく、なぜ「巨人」とか「巨人軍」とか抽象的な名称なのかはわからなかった。でも「読売」と云われても当時東海地区で同紙は発売されていなかったので、新聞社名とはわからなかっただろう

※3.中部読売新聞は朝刊のみで発行された。1年間購読契約すると「洗濯機を進呈」、というすごい販売攻勢だった。しかし中部読売新聞は販売不振で結局読売本社に吸収された。

2008年10月 7日 (火)

世相考 ふと気になったこと '081007

最近と云ってもここ1,2ヵ月の間でのことで、今、思い出せることです。

●北京オリンピックをTVで観ていて、東京にオリンピックを誘致するCMが流れていたこと

・・・税金使って何してるんだか、思った。誘致したいヒトはどうぞ誘致してください。でも税金使うのはどうなの?先に立候補していた福岡を足蹴にして何が日本に再びオリンピックですか?なんだかクラスで弱いものいじめした奴が今度は生徒会長に立候補するみたいで嫌だな。“日本に再びオリンピックを!”と叫ぶのなら福岡でよかったじゃないのか?作家知事の云う誘致理由は東京である理由はどこにもない。自分の銅像作るような気分で云っているのか?破たんしてる新銀行東京と同じで、耳元で甘く「オリンピックっ!」と囁く宦官がいるんだろうな。思うにオリンピックはまだ開催していない国や町での開催を優先すべきだ。CM出でていた古田も伊達もチョイ好きだったのでガッカリ。萩本欣一に至っては何だその媚売り腰は!やっぱり好きになれないな。

●相変わらずやってる大食い番組

・・・ほんとにそんなに食べられるヒトがいたらすごいけど(CM中に吐いてるって噂あり)、そんな番組はTV局一局あたり年一回で充分です。食べ物は味わってなんぼ。美味しく育って食べられちゃう作物や美味しく育てた農家の方に申し訳ないよ。食べ物を粗末にする番組もTV局も大嫌いだ。それから大食いで有名になった顔いっぱにヒドイ化粧している女性タレント、あれは見てられない。ところでこの手の番組のスポンサー企業って何考えて広告費出してるんだろう?高感度も上がらないし、できればそんな企業の製品は避けたくなる。まったく低俗の極みとしか思えない。番組の程度の低さはTV局と同じでスポンサーのレベルを感じる。

●弁護士タレント知事の橋下の裁判費用無駄遣い

・・・このヒト、山口・光の暴行殺人事件の弁護士たちの戦略に腹を立て、メディアを通じてあの弁護士たちへの非難を煽り被害を受けたと訴えられた裁判で大阪地裁で負け、記者会見で謝ったのに、控訴するらしい(もちろん裁判での弁護士たちの方便は見苦しい限りだ)。自分の行為が行き過ぎていたことを反省したと云っていながら、まだ裁判を続けるらしい。きっと、一回で負けたのが悔しいのだし、賠償金を支払うのが嫌なのだろう。でも、このヒト、大阪府の財政を建てなおすことを公約にしているはずなのに、裁判でいくら税金を使ってもかまわないらしい。裁判所の費用は国の予算で大阪府のじゃないだろうけど、無駄はムダ。控訴は諦めるべきだ。大阪高裁も却下すべきだろう。まぁ、この知事、忙しいからと公用車で私用でトレーニング・ジムに行っちゃうくらいだから、作家知事と同じで大した野郎じゃなないな。

●マツダ・デミオのCMの戸田なんとかって女優の踊り

・・・う~ん、広告主は何を考えたのか?話題性を狙ったのなら成功だろう。ひどいCMとして知れ渡っただろうから。しかし、あの女優にあの踊りはないだろう。滑稽としか思えない。このCMを提案した広告会社は、きっとライバルメーカーの息がかかっているに違いない。マツダってトヨタみたいに意味なく有名タレント使ってサム~イくてノリの悪いCMを流さないところが評価されてたと思うのだけど・・・すごく残念。

○嫌なことばかり書いたので最後に、新聞で見つけた素敵な短歌を無断転載します(共に朝日新聞「朝日歌壇」'080726紙面より)。

午前二時力一杯泣く赤子「親」の覚悟を試すが如く 奈良市・織田真記さん

焼き鳥屋の口に貼られし求人の正社員とう正の字太し 町田市・冨山俊朗さん

2008年10月 1日 (水)

マナー考 そのビニール袋、どうすんの? '091001

日々を送っているとふと気づく疑問がある。でもそれが心に居座るのはほんのひと時で、すぐに次のことに思いが移ろって忘れてしまうことがある。

食品などの買い物はだいたい駅の近くのスーパーなのだが、もう十数年レジ袋をもらったことがほとんどない。なぜか?毎回もらっていると家にレジ袋がいっぱいになるからだ。最近はエコバックなどと云われているようだが、他の袋を持って行けば新しい袋などいらない。あの袋だって石油から加工されているわけで、輸入品であり加工にはエネルギーが使われている。しかしこれだけエコが叫ばれているのに未だにレジ袋をもらっているヒトが大半のように感じる。レジ袋はゴミ捨ての時に使いやすいのかもしれないが、可燃ごみの回収は多くても週3回だろうし、レジ袋以外でもビニール袋はいろんな場面で供給されるではないか(ウチはちなみに雨の日に新聞を入れて届くビニール袋がゴミ受けになっている)? 彼らは地球の温暖化や省資源についていったいどう考えているのだろうか?特に子供や孫のいる親はこの地球が近い将来どうなってもいいのだろうか?子供に苦労させるために日々資源を無駄使いしているとしか思えない。ボクには子供がいないから長生きしてもあと3,40年くらいで死ねるので、せめて自分が生きている時代だけでも出来る限り環境にやさしく接したいと考えているのだが。

スーパーではレジ袋以外にもびっくりすることがある。それは水ものなどを入れる透明のビニール袋だ。レジ袋をもらわないボクも、魚や肉、とうふなどを購入した時などはビニール袋をもらったりするが、周りを見るとビニール袋を何枚も何枚も持って行くヒトを見かけることがある。例えばチョコレートなどのお菓子やカレーのルーやふりかけなどもビニール袋に入れているヒトがいたり、またなにも入れないでビニール袋の束をくるくる廻して何枚も持ち去るヒトもいる。いったい何に使うのだろうか?

そんな風景を見ていると、地球温暖化阻止や省資源などを考えることが馬鹿らしくなるのだが・・・この国はつくづく(悪いことを)やったもん勝ちになってしまう構造であるようだ。ふぅ~

2008年9月26日 (金)

ふと思う疑問 割引は週末 BOOKOFF '080926

「☆お得情報☆ 本・CD・DVD 20%OFF」、「単行本 全品半額」、「雑誌 全品半額」・・・

近所の駅周辺に何軒かの古本屋がありよく廻るが、漫画を購入することが多いのがBOOKOFFだ。そのBOOKOFFからよく勧誘メールが来る内容が上記のもの。本が安く買えるのはうれしいが、ちと疑問がある。これらのお得情報の実施日はまず決まって週末であることだ。

そもそも週末はこんなセールをしなくても客は来ると思うのだ。逆に客が少ない平日を割引き対象にした方が集客を増やせるのではないだろうか?割引が週末にあると思うと、平日に欲しい本を見つけても、購入を控えたりしてしまう。平日にこんな勧誘メールを送れば、会社や学校帰りに立ち寄る客が増え、売上も上がると思うが?

BOOKOFFと云えば、店員の大声の掛け声の繰り返しが迷惑だ。特に棚に補充している店員が突然近所で叫び出したりするので、ぞっとする。BOOKOFFがまだ今ほど多くなかった頃、お店に行く度に聞く大合唱の掛け声に「もしかするとどこかの宗教団体がやっているのかな?」と疑ったものだ。

また、新人店員への指導中の店員の態度なんかも嫌なものだ。「この棚はね」とか「雑誌を買うお客はね」などと自慢げに教える古参店員の声の大きさ、慇懃な態度・・・そんなことはお客に聞こえないようにするのがマナーだろう。

また、BGMを急に止めて放送を開始したり、清水憲明のCMを放送するなど、配慮もない。急に曲が止められていい気分はしない。せっかく流しているのならその曲が終わるまで放送を待つべきだし、曲を途中で止めるならせめてファイドアウトさせるべきだ。またスピーカーの音量も大きすぎるきらいがある。

繰り替えされる大声の掛け声といい、自慢げ指導といい、BGMのカットアウトといい、BOOKOFFはお客を無視して店員たちだけの世界に入ってしまっている、云わば“自己満足系”の店舗経営がなされていると云える。電車のなかで化粧したり、大声で騒いだりする、そんな風潮、世相と同じなのだろうか。まぁ、カリスマ創業者がセクハラや納入業者へのキックバック要求などで退任したからか、少し店内が静かになったようも感じられるようにはなったが。

日頃から雑誌も小説も旅行ガイドもよく購入する。しかし、すぐ読まなくてもいい本やベストセラーと呼ばれている本はだいたい古本屋さんで購入することにしている。そうでなければ毎月の出費はかさむ。古本屋さんで少し安く買えるから、何冊か多めに本が買えるのだ。漫画や文庫、雑誌の販売で経営を支えていた古本屋さんの中には、BOOKOFFが近所に登場した影響を受け廃業したところが多いようだ。なくなって欲しくない行きつけの古本屋も何軒かなくなり残念だ。

BOOKOFFは買い取りも安く買い叩く。しかし、買取り時間は比較的早く面倒くさくないし、古い本や月刊誌、値段のない本以外はたいてい売れる。整理しきれなくなった本棚をまとめてきれいにする時には重宝する。出張買取もあるらしく、ヒトによっては便利だろう。最近は売りたい本をまず普通の古本屋さんに持って行き、売れ残った本をBOOKOFFに持って行くこともある。ちゃんとした本は普通の古本屋さんの方が相当高く買ってくれる場合があるのだ。

BOOKOFFなどの大規模古本屋チェーンが流行ったのには原因がある。まず本の価格が高いこと、二、三十年前には二、三百円だった文庫本の価格は今その倍以上はする。一般書では数千円する本も少なくない。これでは気軽に本は買えない。読み始めて面白くなかったら大損だ。また新刊書店ではできない漫画の立ち読みがBOOKOFFでは自由だ(たまにできない店もあり、清水邦明のCM内容と異なる)。この違いは大きい。ただBOOKOFFでは週末など立ち読み客が多過ぎて、本を探すのに難儀をする。立ち読みができるメリットばかり強調して、本を探す客へのマナーを訴えないところもとBOOKOFFの手抜きと云えるだろう。大声で掛声するより、することがあると思うのだ。

日本の古本流通に革命を起こしたといえるBOOKOFFだが、普通の古本屋さんとうまく共存してほしいものだ。

2008年9月20日 (土)

世相考 落書きを差別するな '080920

少し前の話だが、イタリアのフェレンツェの教会で、日本人が落書きをしたことが問題になったことがあった。あの事件は何だったんだろう?

あの事件の発端は、その教会の壁に描かれたとある学校名と氏名入りの落書きを発見した誰かが、こんな落書きがあったゾと知らせたか、ネット上に公表したことだったと思う。そこで指摘された学校が教会に謝罪し、復元の費用は弁償します、と伝えたこと、そして教会側が逆にわざわざ謝ったことを評価した、なんてオチもついた話だったかと思おう。

その報道から、その教会の壁には、他の大学の生徒の落書きもあることや、関東地方のスポーツで知られた高校の監督が新婚旅行時に書いた夫婦の名前の落書きもあったことが伝えられた。監督はこの件で職を失ったとの報道もなされた。

この事件で思ったことが二つある。

ひとつは、落書きと云うものの犯罪性とそれに対する認識だ。ここ十年あまりだろうか、日本でも商店街の店のシャッターなどに落書きをよく見る。描かれている落書きのほとんどは、訳のわからない模様のようなもので、見る者には何を意味するのかが全く分からない。特定のスローガンでもないようだし、悪口などでもないようだ。落書きを描いたものたちは、多分自分たちにしかわからないメッセージを描くことと、描かれた壁の所有者が困ったり通行人が嫌な顔をさせることが目的らしい。要するに、「この壁は俺たちが先に描いたンダゼェー」程度の内容がないものらしい。

ボクの子供の頃('60~70年代)には、鉄道のガード下などにびっしりと新左翼諸党派や極右団体の「いついつ、どこどこに結集せよ!」的な檄文がびっしり貼られていたし、工場地帯のコンクリート壁などには暴走族の無理やり漢字をあてたチーム名の走り書きなどがあり、また駅や公園の公衆トイレの男性大便室の壁には決まって下手なワイセツな絵や誘い文句などが書かれていた(女性トイレに落書きはあるのだろうか?)ものだが、最近はそう云った直接的なメッセージは見かけなくなった。あの時代の貼り紙や落書きは、なんだか止むに止まれない“とにかく伝えたい”と云う切実感があったように感じた。そこには、「落書きはわるいことだ」という罪の意識があったように思う。

しかし、今回のイタリアの教会の壁には、日本人の名まえが書かれたヒト(本人)が非難されている。他の多くの落書きが匿名なのにだ。これでは、本名を書いてはならないが、あだ名や暗号ならOKということにならないか?本名を書いたヒトたちは、もしかすると「落書きは悪いことではない」と考えたのではないか?もし罪の意識を少しでも感じたら、本名は避けたのではないかと思う。逆にあだ名やイニシャルで自分たちだけにしかわからないように書いた者たちの方が、罪は深いのではないかと考えてしまうのだ。殺人事件だって、計画性の有無で罪の重さがあるはずだ。だから名前を書いてしまったヒトたちは、逆に罪の意識が薄弱だったのではないかと。

二つ目は、落書きした場所のことだ。日本の報道では、落書きした先が「世界遺産」であったことがことさらに強調されていたように感じた。確かに世界全体で後世に残そうと保護する対象となっている「世界遺産」に落書きするなんてひどい話だと思う。しかし・・・世界遺産でなければ落書きしていいのだろうか?

落書きは世界遺産だろうがどこだろうが、すべて悪だろう。これは日本中で確認すべきことだろう。落書きの場所が今回たまたま世界遺産だったから非難されたのではなく、そもそも他人や公共のものに勝手に何かを書くこと自体が罪なのだ、と皆で認識すべきだろう。

商店街のシャッターや工場の壁であるが、世界遺産の教会だろうが、自分のものでない限り、落書きはしてはいけないのだ。

2008年8月29日 (金)

勤労考 失業の風景・雷雲を眺めながら '080829

夕方、再就職のための履歴書を書いていたら無性に眠くなった。誰に咎められる立場でもないから、するすると窓際のソファに横になった。気温は27,8℃。盆前の脳ミソを溶かすような蒸し暑さは去っている。今年の東京の夏の後半は、長雨が続いて、まるで梅雨時のようだ。

一時間くらい眠ったのか。遠くで雷が光り、少し間をおいて唸り声のような音が響いている。昨夜も雷雨だった、と云うよりも昨日は朝から強い雨と曇り空が数十分おきに繰り返えされる忙しい一日だった。全世帯に避難勧告が出た街や、水没した車や床上浸水した市街地、堤防が決壊した水田など、各地の被害をメディアは盛んに報じている。今日のNHK総合は一日中、「東海、関東に大きな被害」と云うコメントと、災害地での被災住民のコメント付き映像を流している。同じヒトの同じコメントが繰り返されるものだから、少々うんざり。きっと現地では有名人になっていることだろう。

少し眠ったのに、まぶたも体も重く、起き上がれない。遠くの雷の光と響きが、近づいているのか通り過ぎているのかはよくわからない。空が光っている方角は南。世田谷や渋谷の方角だ。今日の昼、TVで雷と自分の位置の距離の測り方を伝えていた。ピカッと光った時から音がするまでの時間(秒)×130m=雷と自分の位置、ということだった。ピカッ=ゴロと云う経験は余りないが、光と音の間隔が近いときは危ないということか。ふと雷に当たったヒトが予知能力を持つようになるスティーブン・キングの小説があったような気がした。

辺りは暗くなり、街の人工光以外に光っているのは雲間を走る雷だけだ。もうすぐ光るかな、と思っていても光らないのに、気を抜くとすぐ光る。大きな雷が光ると、大きなフラッシュがたかれたように一瞬町中が明るくなる。夏も半ばを過ぎると夕暮れが早い。もう夜の八時を過ぎたようだ。二時間くらい寝たのかもしれない。いや、雷を眺めながらうつらうつらしながら一時間くらい過ぎたのかも?雨も大粒で威勢よく窓を叩いている。

昼のTVが報じていた岡崎や一宮、名古屋の市街地の洪水は、ヒトの手では避けられない規模だ。今では誰も使うようになった“ゲリラ豪雨”という雨にどんな対処しても被害から逃れることは無理だろう。はっきり云って、ヒトが都市が集中して、街が拡大しすぎたこと、温室効果ガスの加速度的な増加で大気の状態が極端に変化したことの相乗した結果だろう。道をアスファルトで敷き詰め、生垣をコンクリート塀にして、木々を切ってしまえば、降る雨は全て下水溝を目指す。街のどこにも水浸みたり貯まる場所はない。しかも近年の気候は、カラカラ天気が続いたと思ったら突然豪雨が来る。中間がない極端だけが在る。まさに天候も格差社会なのだ。

東京の街の密集度と市街地の拡がりは田舎出身の思考を止めさせる。どこまで行ってもビル、家、ヒト、車、灯りで、ホッとする隙もない。かつて川だったところは暗渠になり、目に見える河川の岸はコンクリートで固められ、ぎりぎりまで家屋が迫る。都市では川はイコール下水溝だから、雨が強く降れば水は一気に集まり、限界を超えれば街に噴出す。蓋を持ち上げて逆流するのは当たり前だ。それで浸水したのなら、道理なのだ。

都市部の洪水と農村部のそれは基本的に構造が違う。水田地帯は河川と大して違わない水位にある。上流から大量の水が流れてきて堤防を越えれば、あふれ出すのは当たり前だ。それは何百年も前から常識的に繰り返されてきた暦のようなものだ。だから河川の周りの低地は水田であって、たぶんそれは遠い過去に湿地だったところを干拓したり、河川の流路を固定化して、水田にしたものだろう。古い水田地帯の集落は、たいてい水田にならない傾斜地に寄り添いながら固まっているのだ。それが今では水田をまばらに埋め立てて住居を建てる。そうした地域に洪水が来れば、浸水して水上家屋のような風景になり、車は水没する。

高尾の新築住宅が土砂に流されているのをTVで見た。流された家の隣の住民が「建てたばかりで、頭の中は真っ白です」とコメントしていた。同情するが、上空から見たその住宅地はまさに傾斜地の真下を削った場所。樹木のない傾斜地は保水能力が弱く、しかもその斜面を無理やり直角に削った宅地がもろいのは明白だ。平地の少ない島嶼部の宅地でも、岩やコンクリートで固定して土砂崩れに備えるものだ。開発企業と住宅化を許可した行政の責任は免れないものの、まず住む前に住民も察するべきだったろう。

相変わらず雷が鳴り続け、雨足は弱まらない。夏はいつの間にかカンカン照りが豪雨の季節に変わってしまった。これはぼくたち現代人が作ってしまったものだ。大都市の無秩序な拡大を止めて、緑地を増やし風の通りを確保すべきだろう。それは東京や大阪などの大都市の人口を半分にするくらいの大きな目標を建て、企業や行政の本部機能を地方に分散させなければ、いつまでも効率だけの都市の拡大が続くだろう。都市の効率は、災害にどうしようもなく弱い。なぜなら効率は中央偏差値に過ぎず、低確率の可能性には盲目になるからだ。

部屋を暗くしたまま、雷の光を見ている。ゴロゴロと遠くで雷が響く。今夜も電車は遅れ、雨を保水していた水田を埋め立てた家から遠く通勤している酔った乗客からの、いわれない文句に駅員は晒されいるのだろうか?駅員には電車を動かす権利が一切ない。一時の怒りで不満を解消しても世の中は何も変わらない。これは政治と同じだ。

「こんな豪雨は初めての経験だ」と被災住民が口々に訴えていた。人間の人生などたかが百年以下に過ぎない。気の遠くなるような永い地球の記憶の中には、きっともっと大きな気候変動があっただろう。気候も環境も、ヒトが変えてきてしまったのだから、“初めての豪雨”はこれからも続くだろう。

雷はまだ鳴り響いている。子供の頃、停電はあったが、数時間も続く雷などあっただろうか?雷光に束の間に輝く雷雲と都市の風景を、ボクはずっと眺めていた。

2008年5月31日 (土)

世相考 謙虚さとは・生活保護 '080531

昨夜からの雨が夜半に本降りになり、朝もまだ止まない。雨の多い五月だ。

今朝の朝刊に自治体の広報紙が入っていた。

そこに「私立高校の授業料の助成」の募集があり、その助成額の項目に「生活保護を受けている方197,000円」とある。

生活保護を受けていて子供を私立高校に通わせる?・・・ひどく矛盾を感じたので、妻に言うと「私立しか通えない子もいるんじゃないの」という。どんな子だろう?

今は少子化と公立高校離れが同時に進んでいる時代ではないのか?公立高校は満杯なのか?

オッサンは公立高校に通った。

私立に行くなんて親の懐を思えば考えられなかったし、勉強が出来たわけでもないので、進学校に通えなかった引け目を引きずりながら、ない頭で入れてくれた公立学校に通った。

現代は「生活保護を受けていても子供を私立高校に通わせる親」がいる時代なのか?昔からあったことなのだろうか?この現実にあきれるのはボクだけだろうか?

高校は義務教育ではない。いまもそのはずだが?

ボクが学生だった時代(1960年代生まれ)には、中学卒で働き始める者はクラスに何人も居た。「高校出てからよりも、早くお金を稼ぎたい」と明るくいう奴もいた。家の経済的な事情だった友人もいた。(いま、奴らはどうしているだろうか?)

私立高校に通うことは、どんな事情であれ、ボクにはゼイタクなことに思えるし、ゼイタクとは余裕があるから出来ることなのではないだろうか?

「生活保護」をもらってはいけないとは思わない。ボクだって働けなくなったり、生活に困ったら、そういうことが起こるかもしれない。そんな時が来たらお願いしたい。

公的援助とは、広く助け合う仕組みだと思う。いわば災害援助のようなものだろう。

でも・・・「生活保護」をもらいながらゼイタクをしていいのか?ゼイタクの概念にもいろいろあるだろうが、ボクには私立高校通いはゼイタクだと思うし、お金持ちの特権だと思う。

子供を私立高校に通わせるくらいなら、稼ぐべきだ。稼いで堂々と税金を払うべきだ・・・と思うのだが。

子供も子供だ、家が「生活保護」をもらっているのに、私立高校に通うっていう神経はどんなものだろう?親の経済環境が入学後に急変したのなら、公立高校に転校すれば済むことではないのか?いくら公立の授業料がボクの頃より上がったと言っても私立よりは安いのではないか?

個々の家庭の事情や、高校の授業料を知らないボクがエラそうに書いたが、ヒトはある程度謙虚であるべきではないか?とふと思う土曜の朝・・・であった。