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カテゴリー「スポーツ」の3件の記事

2008年10月27日 (月)

スポーツ異見 どうでもいいけど、どうして原なの? '081027

やっぱりと云うべきか・・・野球のワールドカップ的な催し、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC/国・地域別対抗戦)の日本チームの監督が、現ジャイアンツ監督の原の坊やに決まったという。まぁどうでもいいんだが・・・

はっきり云ってこれは出来レースだ。プロ野球という興業団体が読売新聞社を乗っ取って久しい渡辺ジジイに牛耳られているのと同じように、このWBCの体制検討会議も、ジャイアンツが支配しているからだ。

WBCの監督は当初北京五輪・野球日本代表監督の星野氏に内定していたようだが、周知のようにオリンピックのメダル逸失によって、さんざん非難されて、彼の就任は流れてしまった。五輪前あれほど星野氏を崇め奉ったメディアや野球ファンは、五輪後そんなことは忘れて180度翻っている。傍から見れば笑えるほどの豹変さだ。もう少し応援した責任を取るべきではないだろうか?あんなに応援しなければ、星野氏も田淵氏など“お友達”をコーチになどしなかったはずだ。

かつて五輪日本代表監督は、ジャイアンツ出身のカンピュータオヤジ・長嶋氏が就任する予定だったが、彼がアテネ五輪前に脳梗塞で倒れ、カンピュータ仲間の中畑氏が優勝を逸することになった反省から、ドラゴンズ、タイガースの二球団をリーグ優勝に導いた功績があり、NHKの野球解説でも人気の高かった星野氏が選ばれたのだった。しかし・・・そもそも五輪の日本代表監督に長嶋氏が選ばれていたこと自体がおかしいのだ。ジャイアンツ戦の放送で長い間利益を得ていたて民報TV局や、ジャイアンツ批判による部数低下が怖い新聞各社は、長嶋氏を非難できないのだ。そして読売・報知両新聞と日本テレビ・読売テレビ系列はさんざん彼の神聖化放送をばらまくことで刷り込まれ、なんとなく日本中が彼を悪く言えなくなるタブー化が完成していたのだ(これは政治の世界で自民党以外の政党は悪もの扱いする愚かな人が多いのと似ている)。

確かに長嶋氏のジャイアンツ時代の選手経歴は立派な方だろう。しかし彼の累積成績は、生涯打率.305で歴代14位、本塁打は444本で歴代12位、打点は1552点で歴代7位など、飛び抜けた存在ではない。では彼はなぜそんなに持て囃されるのか?それはセ・リーグ九連覇などに貢献した(主に前半だが)時期が、ちょうど読売新聞が全国で拡販した時代とリンクしたことで、読売グループにとっての大功労者だったからだ。

しかし長嶋氏はその後ジャイアンツの監督を計15年率い、うち日本一2回、リーグ制覇5回を数えるが、この成績はまぁまぁと云える程度で、突出した成績ではないだろう。しかも選手も監督もすべて同じ球団に属し、また選手及び監督に就いていない時期のほとんどを読売グループで役職に就くなど、一グループに染まりぬいた人生なのだ(現在はジャイアンツの終身名誉監督であり、株式会社よみうりの専務らしい)。

原坊やにしても、長嶋氏と同じようなジャイアンツ人生である。長嶋氏と同じ15年の現役生活では、ジャイアンツの主軸打者を張ったものの打点王を一度とった程度で大した成績は納めていない。むしろ監督5年のうち三度のリーグ優勝の方が立派と云えるが、しかしドラフトの形骸化とフリーエージェントによる強引な有名選手収集の中では、当たり前の成績と云えるのではないだろうか。そして彼は一度監督を離れた時期には、ジャイアンツの特別顧問という隠居席に座り、相変わらず読売グループに居続けていたのだ。

WBCは読売グループの興業試合である。だから読売グループにどっぷり漬かった原氏が監督に就任するのである。結局WBCは読売グループの宣伝・営業活動の一環として考えるべきだろう。

ヒゲ面のイチローが「現役監督がなるべきだ」とか云ったらしいが、だったら他球団の監督たちを見渡すべきだ。

選手、監督時代の成績から考えれば当然野村克也・現ゴールデンイーグルス監督だろう。27年に及ぶ選手時代の累積成績は、生涯打率は.277で平凡なものだが、本塁打は657本で歴代2位、打点は1988点でこれも歴代2位など、歴史的な数字である。増してや三冠王1回、本塁打王9回、打点王1回、そして出場試合、打席数共に歴代一位なのである。そして監督は23年勤め、5回のリーグ優勝、3回の日本一を経験している。そして何よりも野村氏は、南海時代にプレーイングマネージャーに就任しており、かつ選手時代を南海、ロッテ、西武の三球団、監督を南海、ヤクルト、阪神、楽天と四球団、さらに彼は社会人野球・シダックスを監督した際にも全国制覇を成し遂げている。経験が最も豊富な人選であれば、野村氏をおいて誰になろうか?

読売オンリー主義の原氏が本当に良いのか?現役、経験の豊かさ、などを勘案すれば、野村氏、落合氏、岡田氏ら、原氏より遥かに適任者が多数いるはずだ。

結局のところ、WBCは読売グループの宣伝活動であるので、グループに囲い込んいる原氏になることは出来レースなのだ。このまま行けば、何もかもこのペースで行くだろう。キャンプ地はジャイアンツの選手に便利な宮崎になるだろうし、コーチもきっとジャイアンツの出身者が含まれることになるだろう。

WBCの応援を心からできなくなった哀しみを誰かと共有したい今日この頃である。

※ お断り:文中各氏の累積成績及び順位は、各氏のWikipediaから引用しました。感謝。

2008年8月24日 (日)

スポーツ異見 苦言・オリンピック日本代表 '080824

なんだかんだと騒がしかったオリンピックが終わった。

放送局のタレント司会者やアナウンサーは相変わらずワーギャー騒いでいたが、でもやっぱりオリンピックは面白かった。一流の競技者(最近はアスリートと云うらしい・・・なんだか恥ずかしくない?)たちがその鍛えぬいた肉体で競い合う姿はとにかく美しかった。

「感動をありがとう」と云う賛辞は、まさしく自らの技量を競った選手たちに捧げられるものだろう。ただ、日本の地上波の番組だけを観ていると、日本代表の出場試合が大半で、日本人が出ていないスポーツが観られなかったのは、本当に残念だった。ぜひ観たいスポーツはたくさんあった・・・、ハンドボール、バスケット、水球など、日本人が出場していないスポーツも報道して欲しかった。また日本人選手が出ていても、ほとんど報道されないスポーツがあり、これも嫌な感じだった。

今回のオリンピックに個人的に苦言をするとしたら三点だ。

①日本の報道はメダルに執着しすぎではないか?

あんなに気張って向かった野球・日本代表は優勝できなかった。一昨年のWBCに日本が優勝したからか報道機関も代表選手団も必ずや「優勝できる」と思い込み、野球が次回の五輪で正式競技にならないことから「有終の美を飾るには優勝しかない」という勝手な思い込みがあったのではないか(これでは神国・日本で戦争に負けないと教えられた戦前教育と同じではないか)? 試合はやってみなければわからないし、相手があってのことなのだ。しかも野球はチーム試合。一人ひとりの技量ではなく、チームの総合力で争うものだろう。野球は優勝できなかったことは残念だが、よく戦ったのではないか?他のスポーツでも、3位以内に入らないとほとんど報道されないか、されても敗残者のような扱いである。確かに勝ちに行っているわけだが。結果的に勝者はひとりしか居ないし、負けることもある。いや敗者の方が多いのだ。観ている方は勝手な思い込みで一喜一憂するが、戦った選手には気持ちよく五輪を振り返ってもらいたいものだ。そして「優勝を目指します」と意気込むのは良いが、そうならないことの方が多いのだから「とにかく一生懸命やって来ます」くらいにしておいた方がいいと思う。

②多くのプレイヤーを参加させることを優先すべきではないか?

マラソンでの日本選手の欠場の件も問題だろう。国内予選ではあれだけ多くの選手が五輪に出たいと云う思いで走っているわけで、なぜ補欠を準備しなかったのだろう?敗者復活戦はなく一発勝負しかない陸上競技では、体調が合わず欠場や棄権することは一流の選手でもありうることだ。欠場せざるを得なかった選手の無念さもあるだろうが、もしかしたら走れたかもしれない補欠候補の選手たちの悔しい思いは、もっと複雑なものだろう。「特ダネ(CX)」の小倉氏は補欠選手のモチベーション維持の難しさから陸連を擁護していたが、これは論点のすり替えだ。出たい選手が居て出られるのであれば、どんどん出すべきだろう。他国の優勝候補の選手が途中棄権したり、上位に入れなかったことからも、日本の上位選手が出ていれば、もしやと云うこともあるだろうし、そうでなくても「五輪で走った」という日本人をひとりでも多く出すことが優先されるべきではないだろうか?

③有名選手ばかり報道するのはやめにしないか?

日本代表の選考が必ずしも「日本一の選手」ではない疑問については以前書いた(※1. )。柔道の谷、卓球の福原らは、公平に現在の日本国内の実力を測れば、代表の資格はないのではないか?という疑問だった。柔道の谷選手は、過去の優勝暦などが考慮され代表になったようだが北京は優勝しなかった。卓球の福原選手も同じだ。日本でも中国でも人気があるから出場出来たのだろう。報道では盛り上がっていたが、中国など成績上位の他国の選手との実力差が歴然とした試合結果だった。柔道でも卓球でも別の選手が出ていたらどうなっていただろうか・・・それはわからないが、やはり実績がなくても強い選手を代表にすべきだろう。また、バトミントン女子での出来事は、有名選手偏重の報道姿勢が暴露されたものとして印象深い。多くの日本人はバトミントン女子ダブルスに二組出場していたことを知らなかったのではないだろうか?オグシオより活躍したのがスエマエだったなんて・・・これはオグシオが悪いのではない。偏重報道したメディアの問題なのだ。また、ビーチバレー女子の報道も明らかに偏っていた。五輪前、ビーチバレーと云えば西尾・西堀組だったが、同組が出場できなくなってからはほとんど報道がなくなってしまった。しかし、ビーチバレーは男女共に出場していたのだ。公共放送局のNHKですら、メジャースポーツに偏重していた五輪報道。今後のスポーツ報道は猛省すべきだろう。

熱し易く醒め易い日本人の気質がメディアに影響を与えているのか、メディアが庶民をそそのかしているのか。同じ日本人が代表を目指して競い合って五輪に出場するのだから、偏った選考、偏った報道は謹んで、公平に実施して欲しいものだ。古い言葉だが、やっぱり「参加することに意義がある」オリンピックであって欲しいと、思わずにはいられない。

※1. 北京五輪 おかしな代表選考 '080610

2008年6月10日 (火)

スポーツ異見 北京五輪 おかしな代表選考 '080610

オリンピック日本代表の選考の一部がおかしい。

多くの日本人は、オリンピックの日本代表は日本で一番強いヒトなのだろうと信じていると思う。しかしそうではない種目があるらしい。

例えば、女子柔道48kg級代表の谷亮子さん。このヒトは今年4月の代表最終選考会である全日本選抜体重別選手権で負けている。勝った福見さんがどんなヒトか知らないが、この福見さんは過去に何度も谷さんに勝っているらしい。どうして福見さんが選ばれないのだろうか?実力で選ぶなら福見さんを日本代表にすべきだ。

谷さんの代表選考理由は、過去の実績(4大会連続五輪決勝出場、2大会連続金メダル、世界選手権6連覇など)を評価したとのことだが、この谷に何度も勝っている福見さんはもっと強いはずだ?これまで谷さんが国際大会の日本代表を独占してきたから、福見さんは実績の付けようがないではないか?これでは組織的ないじめだ?女子柔道48kg級の代表は谷さんの占有席なのか?トヨタ自動車が圧力をかけているのか?いつか選挙に立候補させたい政党か?これでは大会前から決まっていたと思うしかない。出来レースで谷さんが代表に決まっているのなら選考会などしなければいい。いったいどんな圧力が働いているのか?こんなことがあっていいはずが無い。谷さんは福見さんに代表を譲るべきだ。

もうひとり挙げれば、卓球の福原愛さんだ。彼女に至っては今年の全日本卓球選手権大会の女子シングルスでベスト16である。準優勝でもベスト8でもないのだ。福原さんは幼少のころから国民的アイドルのようにメディアが報じて来て有名だが、日本で一番強いどころではなく、同等の選手は多数いるのだ。卓球の大会を報道するTV局はいつも、誰が強いのではなく、福原さんがどうだったか?を報道し、相手の選手のことなどほとんど触れない。これは視聴率=スポンサーからの契約料金を増やす手段だからだ。だから日本人の多くは福原さんが一番強いと思い込まされているふしがある。有名で人気があればオリンピックの日本代表にもなれるのか?これでは彼女が中国に留学していたこと自体が、初めから日本代表にするためのシナリオのように思えてならない。福原さん自身はどう思っているのだろう?

ボクはスポーツをほとんどやらないが、だからと言ってスポーツが嫌いなわけではない。いろんなスポーツのTV中継も観る(日本の応援ばかりしている国策中継とボクシングのチンピラ三兄弟戦以外)。オリンピックだって日本の選手に精一杯がんばって欲しい。各競技共に勝ち進んで優勝して欲しいが、負けても立派な試合をしてくれればいい。だが、その日本代表の選考が偽りなら応援する気にもならない。本当に強いものを代表にすべきだ。

オリンピックの素晴らしさは、自分の国がたくさんメダルを獲ることだろうか?ボクは世界の頂点に立つスポーツ選手たちの活躍する姿を観たいと思う。それが金メダルだろうが、予選敗退だろうが。

企業や親や政党、そしてメディアからの偏った妙な圧力で、日本の代表選考が捻じ曲げているのであれば、哀しい。ボクは本当の日本代表を応援したいと思う。