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2009年7月の14件の記事

2009年7月27日 (月)

旅への想い Brno/ブルノ '090727

戻り梅雨の蒸暑さに目が覚めたのは朝の5時少し前。もう外は明るくなっていて新聞も届いていた。新聞配達の仕事はしたことがないけど、毎朝大変ですね。ご苦労さまです。少し涼しい空気に触れたくてマンションのエントランスに出る。昨日のお米の研ぎ汁を芝生に撒きながら雑草を抜く。雑草に罪はないけれど生えるところが良くないよ、と云い訳をしながら。

お茶を沸かし朝食の米を研ぎながらTVを点けたらNHKが「名曲アルバム」を流していた。映像には相変わらずの欧州の古都が映し出され、曲は少々賑やかな交響曲風。画面の字幕を観ると、ヤナーチェク作曲「シンフォニエッタ」とのこと。知らない。作者も曲名も聞いたことがない。でも・・・映し出された街は何とチェコのブルノではないですか。ボクは米研ぎの手を止めてしばし映像に見入ってしまった。

ブルノはチェコ南部モラヴィアの中心都市。ボクは'07年の4月に訪れたことがある。その時はウィーンから列車で乗り入れたのだが、所要時間は急行で約90分。その近さにびっくりしたことを覚えている。欧州の国境をまたぐ都市間列車は、日本ではまさに隣の県の街にちょっとそこまでって感覚。なのに話してる言葉が全く違う。街行くヒトの顔立ちや服装も違う。まぁそもそも日本語以外ほとんど何も分からないボクは、ドイツ語(ウィーン)だろうがチェコ語(ブルノ)だろうが、どちらも理解できないのだが。

いやぁブルノが日本のTVに出るなんて、そうそうあることじゃない。いや、ブルノの名誉にかけて云えば、ブルノはチェコ第二の都市で活気溢れる大きな街であります。でもいかんせん超有名な首都・プラハに比べれば・・・比べること自体が双方の街に失礼ですね。それくらいプラハが別格と云う事でしょう。

ブルノで有名なことと云えば、郊外に世界遺産のトゥーゲントハット邸があることと、モーターレースファンにはブルノ・サーキットの街としても知られているでしょう。また街中にはかの「メンデルの法則」のメンデルがアウグスチノ修道院で司祭や教員をしながらエンドウ豆の交配の実験を何と十五年以上し続けて論文にした街であることでしょうか(・・・でもボクは、ブルノを訪れた'07年に、そのいずれも訪れておりません)。

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2009年7月26日 (日)

読書録 ガブリエル・ガルシア=マルケス「コレラの時代の愛」 '090726

初めてノーベル文学賞受賞者作品を読んだと思う。ガブリエル・ガルシア=マルケス・・・なるほどなるほど、この作品、なかなか手強かった。

ガルシア=マルケスとの最初の出会いは、かれこれ30年近く前'、80年代前半、かの寺山修司が亡くなる直前まで撮影していた映画「百年の孤独」に著作権を盾にクレームを付けられた(結局映画は彼の死後しばらく経って「さらば方舟」と題名を変えて公開された)作家の名前だった。当時演劇少年だったボクは、「ちぇっ、ノーベル賞もらっちゃうと極東の映画にまでクレーム付けるのかよ」と憤ったものだった。まぁ本当にマルケス本人がクレームを入れたのか詳細は今でも知らないが、なんとなくカンンジが悪かった覚えがある。もちろんそれは、鬼才・寺山が死んじゃうかもしれない、と心配していた当時寺山ファンだったボクやボクの周囲の演劇&文学仲間の偏見だったのかもしれない。

しかし、それから早四半世紀・・・いつか読まねば、と思いつつ手を付けられないでいたマルケスを、とうとう読むことになった。そのきっかけは今年('08)の1月、飯田橋・ギンレイホールで映画「コレラの時代の愛」を観たことだった。

映画は、「ノーカントリー」の殺人鬼役の怪演で一躍日本の映画好きにも有名になった(と思われる)ハビエル・バルデム(個人的には「海を飛ぶ夢」の演技を評価!)と美貌のジョヴァンナ・メッツォジョルノが共演したもの。全編南米の熱帯の大河に抱かれた古都を舞台とした堂々とした映画となっていたが、いかんせん2時間少しの映像ではこの大作を描き切れていなかったぞ~感を感じて物足りなかった。そりゃそうだろう。映画のキャッチ・コピーは「51年9ヶ月と4日、君に飢えて眠り、君を求めて目覚める」である。これだけの大河ドラマを137分で描写するのは正直キツイ。逆によくぞここまでまとめたねってくらい。

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2009年7月25日 (土)

ふと思う疑問 配偶者控除って必要? '090725

昔から疑問に思ってたんだけど、配偶者控除ってどうしてあるんだろう?なぜ働かない嫁さんや旦那さんがいると税金が割り引かれるのだろう?働いていないので収入がない=だから税金は払えない=だから払わない、と云うのはわかる。働かないで暮らして行けるご夫婦は、どうぞどうぞ、貯えが充分にあるのでしょうから、働かないでいいですよ。

でも働く者には給料(報酬)が支払われ、そのうちから一定の金額が社会を維持して行くために必要な経費として、例えば「所得税」などの「税金」を納入することになる。・・・何だけど、それがどちらかだけ働いている夫婦になると、なぜか働いているヒトの税金が減ることになる・・・・なぜだろう?「働いていない方を扶養し(助け)ているから」と云う解釈なのか?

夫婦でそれぞれが働いているとそれぞれ税金を払い、働いていない配偶者がいると税金が減る、なんてなんだかおかしくないかい?だって「片方が働かなくても生活できる夫婦」だから働かないのに、そっちの方が税金が少ないなんておかしくないかい?

ヒトはなぜ働くのか?「働くのが好きだから!」って元気なヒトもいるけれど、そう云えるのはそれ相応の報酬が伴うからだろう。多くのヒトが働く理由は「生きてゆくため」じゃないだろうか。そりゃそうだ、生きるためには食べて行かなくちゃいけないし、住む場所や着る服も必要になる。これが「生活」ってものだろう。生活するために働いて稼ぐ・・・これが働くってことだろう。

そりゃぁ中には、「たくさん収める方が気持ちがイイ」って立派なヒトもいるだろうけど、そういうヒトは税金を収めた後も生活を過ごす充分なお金が残っているから云えるんじゃないかな?ボクだって一度でいいから「社会を支えてるのは俺の税金だ!」って云えるくらいだ、たくさんの税金を収めて気持ち良くなりたい。

税金は少なくて済むんだったら少ない方がイイに決まってる。でも社会が成り立つには、それ相当のお金がいる。漫画やアニメの記念館や田舎の高速道路、何十年も前に計画されてもうその必要性がないのに作られる干拓地やダムなんかに費やすために税金が使われているのは許せないけど(でもそれを良しとする政党を多くの国民が選んできたのだから自業自得)、国民がそこそこ幸せに最低限の生活を送るための資金になるのなら、税金は必要なのだと、ボクも働く多くの人々も納得して税金を納めているんだろう。だからみんながそれぞれ税金を納めなければいけない。みんな「必要なお金だから」「みんな等しく収めていることだから」と、税金を納める訳だ。でしょ?

そこでやっぱり疑問なのは所得税の配偶者控除。働いていないヒトから税金は取れないからオレはいいけど、配偶者が働かなくても暮らせるのヒトの所得税が、働いているヒトより税金が少なくて済むなんておかしいよ。

ボクの両親は共働きだった。ただ父親は「自分の働いた分は自分で使って何が悪い」ってヒトだったので余り家計には貢献しなかったらしい。ボクが高校に進学したときに「公立高校と云っても授業料は払わくちゃいけない」と父親を説得していた母を知っている。だからボクの家の家計はほぼ母親の給料で賄われていた時期が長かったようだ。ただ家と敷地は祖父母のものだったし、家賃を払っている訳でもなかったのでその分は軽減していただろう。共働きだったから、ボクの両親には「配偶者控除」はなかったはず。だからそれぞれ所得税は払っていただろう。そしてボク。ボクも今は会社員になったので、所得税は夫婦共に払っている。でも近所にはどちらかが働いていない夫婦もいる。

子育てしてると就職できない、というヒトもあるだろう。でもそれだから「配偶者控除」があるのだろうか?それは「子育て手当」とかで補助すればいいと思う。そうすれば子育てしていない夫婦は除外できる。働く場所が見つからない、というヒトもいるだろう。でもそれは失業給付や職業訓練ってのもあるだろう。

子供が欲しくても今の稼ぎじゃ子供が作れないって悲観している夫婦はたくさんいる。逆に配偶者の稼ぎがいいので何人でも育てられる、という家庭もある。子供も育てられて稼ぎが良い夫婦は一人しか働かなくて良くて税金が控除されるっのは、ますます格差が進みと思う。

やっぱり「配偶者控除」ってなくした方がいいと思うんだけどなぁ。

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2009年7月24日 (金)

好物録 グリコ 「パナップ」 '090724

性格が素直でないボクは、「**だから**」と云う論法がとても嫌いな性格。たとえばバラエティ番組などで「女の子の好きなスイーツ」とか、「日本中が沸きに沸いた」「涙した」とかの全てを決めつけるような云い回しが好きになれない。今の季節で云えば「土用の丑の日には鰻でしょ」と云うのが耐えられない。うなぎはどこで食べてもそんなに外さない美味しさだし、季節お問わず旨い。たまに値段によってこの量はなに?このタレいまいち?と苦言を呈したいお店もあるが・・・

ボクは「甘いもの好き」である。昔から「男のくせに」「だから太るんだ」とさんざん厭味を云われてきたが、ガンとして甘いものを食べてきた。パフェ、ケーキ、プリン、おはぎ、ババロア、チョコレート・・・そして何が一番日常的に食べているかと云えば、アイスクリームである。

一年を通して最も食べるアイスクリームと云えば、ダントツに明治乳業の「エッセル スーパーカップ 超バニラ」である。週にひとつは必ず食べているだろう。過去10年間は食べ続けているだろうから、年間50個としてこれまで500個は食べてきたはず。パッケージには明治とエッセルの間の上に「New」と入っているけれど、いつから新しくなったかは知らない。コンビニなどでは通常\120台で売られているようだが、ボクは特売日や割引日にまとめて買う。一個\100以上で買ったことがない。だいたい\90くらいだろう。この美味しさでこの手頃さは、もう云うことない。ボクにとっての究極のアイスクリームと云える。このエッセル、「超バニラ」以外の味がイマイチなのと、お店によってはバニラ以外売っていないところがなんとも情けなくて泣ける。エース頼みの野球チームってところだろうか。ボクはストロベリー味も好きだったが、今は作るのを止めちゃったらしい。全く根性ない会社である。

さて、「エッセル スーパーカップ 超バニラ」が本命とすれば、たまに手を出したくなるのが江崎グリコの「パナップ」である。

パナップは昔はもっと大きかったのではないだろうか。ボクが大人になってしまい小さく感じるのか?ともかく細長のカップのフィルム状の蓋ぎりぎりまで詰まったバニラの中に筒状のソースが入っていて、スプーンですくう時にこのソースを横切りるスタイルは、昔から変わらない。明治のエッセルよりは硬質なバニラもこのソースが絡むことで満足に変わる。エッセルよりもバニラの味が甘い。最近は「パナップ史上最大量のソース」を謳っているのがご愛敬で、その分逆にバニラアイスが減ってるってことだろう。このパナップは一個\70台。必ず味違いのセットで購入する。これもエッセルとちがって、各味共に美味しい。こちらはアベレージプレーヤーが揃ったということか。

さて、今日はどちらを食べようか。

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2009年7月23日 (木)

政治考 オリンピックは国家事業? '090723

石原作家知事が最近こんなことを仰っていたらしい。

Q.10月のIOC総会に皇太子ご夫妻の出席を要請はどうか(されるのか)?

作家知事「(スイスに)出かける前にですね、河村君(官房長官)をつかまえてね、その、総理(麻生首相)からちゃんとやってくれと。これはやっぱり私が言うことじゃありませんので、国家の事業ですから、国家を代表する皆さんが、総理大臣だってオリンピアンだったんです。麻生君が正式に申し込む。分かりましたと云うことだったので、その後の手続きがどうなっているのか知りませんが」

Q.宮内庁東宮大夫は「殿下のお立場から考えると慎重な対応が求められる。殿下も同じ気持ちであられると思う」と話している。

作家知事「それはわからないね。それは違うと思うね。宮内庁の役人がね、殿下のお心をどうやって推察するんですか」「役人がそういうことを先に出して言うことが間違いですよ。どこもそういう答えを引き出したら報道しないでもらいたい。だってとにかく日本を象徴する人でしょ。天皇陛下っていうのは。その要するに地位を継がれる方がね、仮に東京でオリンピック実現すれば天皇陛下お出ましになるんですよ。当然皇族出られるんですよ。みんな国民がね、これ国民に問うてもらいたいんだよ。国民の中でね、(IOC総会が開かれる)コペンハーゲンに日本を代表して皇太子に行ってもらいたくないという人がいたらお目にかかりたいね、僕は。皇室はそのためにあるんじゃないですか」(06/20、スイスから帰国し、成田空港で)

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2009年7月22日 (水)

好物録 ロイヤルホスト「88スイートポテト」 '090722

学生時代、正門の前にロイヤルホストがあった。20数年前の日本は今ほどファミレスがなかった時代。ましてや田舎出のボクには24時間営業のレストラン、なんてのはまさに都会の象徴。そう云う意味でロイヤルホストはボクにとってファミレスの故郷である。

学校の前にあるからと云って貧乏学生はしょっちゅう通えるわけじゃない。そう、年に何度かしか行けないが、演劇部の打ち上げの後に芝居を観に来てくれたOBが夜明けのコーヒーに誘ってくれたり、臨時のバイト代が入った時なんかに行ったように思う。

それから20数年後、最近はファミレスと云えばジョナサンの方が馴染みだが2ヵ月おきくらいにロイホに行く。今回は「誕生日おめでとう、20%Offにしてあげよう」とハガキが届いたので、フェーン現象のような暑い風が吹いて汗だくだくから脱出したくて午後3時頃に遅めの昼飯に近所のロイホに行ってみた。

鶏肉とカレーが組み合わさったメニュー(けっこう辛い!)にドリンクバーを楽しむ。

ロイホって内装も落ち着いてて、ファミレスの中では結構高級感が残ってて好きだ。値段は少々高めだが、しょっちゅう行く訳でもないからこれで○。でもポイントカードが300円で1点と云うのがなんだか使えない。あ、しかもこのカード、福岡空港のロイヤルの店で加算できなくて個人的にかなりヒンシュク!せっかくロイヤルの本拠地・福岡に行って空港でお店に入るのに、そこでカードが加算できないのはがっかりだ。たしかにロイヤリティを空港に払っているのでポイントまで余裕がないのはわかるが、そこはロイヤルさん、本拠地なんだから少々太っ腹見せるべきと思うナ。

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2009年7月21日 (火)

政治考 哀しき予告解散 '090721

衆議院議は今日解散だそうだ。笑えるし泣ける。麻生ダミ声お坊ちゃまは福田おとぼけオヤジが政権を投げ出した時に棚ボタで首相になってからしきりに「しかるべき時に首相である私が決断いたします」と偉そうに述べてたけれど、なんと「予告解散」という前代未聞の手を打ってきた。「解散」も軽くなったもんだ。なんだか哀しくなってきちゃったナ。

ダミ声お坊ちゃまの人生はかなり独特だ。自伝では東大に行くと思ったのに、「東大は官僚を作る大学、おまえは人の上に立つ人間だから学習院でいいんだ」とお父ちゃんに云われて諦めたらしい。漢字のテストがあったら大変だったね。まさに父が無知な子を諭す心温まるエピソードではないですか。また「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分からんだろうな」などと偉そ~に発言したこともあるそうな(毎日新聞報道)。いやいやそうでしょう。自分ちの中にある小学校に通い、三十代でオヤジの会社の社長になり、渋谷と福岡県に大邸宅を構えてる・・・こんなヒト、総理大臣なんかにならずにボンボンのまま遊んでてくれればいいのに。

さて、予告解散である。衆院の解散ってのは、突然来るもんだと思っていたけれど、「来週解散しますね」って手もあることが、今回初めて分かった。でも・・・はっきり云って自分の党で、自分があまりの人気の無さに辞めさせられそうになったものだから、慌てて考えだした手法って感じでなんだか惨め。まぁ他のミジン党の皆さんも小泉勝ち過ぎ選挙で腑抜けになってたので詰めが大甘で、ダミ声お坊ちゃまを辞めさせられなかったので、こんなことになるわけ。

こんな党にまたまた投票しちゃうおじさんおばさんが一杯いるんだろうなぁ。

そもそもミジン党ってところは政治思想で集まった連中ではなく、「利権」「権力」「利益」で集まった欲望丸出しのヒトたち。思想なんてそもそもない。使えるものなら軍だって天皇だってアメリカだってダイサクだって利用します。だから自分を選挙で勝たせてくれそうもない総裁なんていらないわけで、余りに人気がないダミ声への字口オヤジに困っちゃったわけだ。

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2009年7月20日 (月)

失業の風景 一年後の悪夢 '090720

・・・ボクは先日、気味の悪い夢を観た。それはこんな内容だった。

ある日、デスクで仕事をしていると社員たちがやって来て、デスクを囲み「今から帰れ」と云ってボクを椅子から立たせた。「荷物は後から送る」「もう二度と来るな」・・・そこには一年前の上司とその会社の役員・・・

ねっととりとした寝汗にくるまれて目が覚めたボクはしばらく動けないでいた。いったい何なんだ。

去年の今頃、ボクは失業者になった。あれからちょうど一年が経っていた。その間にサブプライムローン焦げ付き騒動とリーマンショック(倒産)による大不況があり、福田おとぼけ息子から自信満々ダミ声お坊っちゃまに政権がタライ廻され、結局10ヵ月の失業生活とその後の再就職したボクがいた。しかし今になってどうして・・・

ボクは去年の5月にある会社を辞めることになり、しばらくの休職期間を取って6月の終りに正式な失業者になった。その会社の辞め方は、今回夢に見たような強制排除のような情景は表向きには全くなく、話し合いで辞めることを決め、出社最後の日も静かに会社を去ったのだった。もちろん送別会の開催は拒否した。当たり前だ、あの会社の誰と酒を呑んで楽しいものか。

確かに辞めることが決まるまでには、様々な嫌なことがあった。はっきり云ってその職場を去ることはボクにとって救いだった。まさにエスケープ。脱出だった。

その職場は、中途採用を募集しておきながら、現場の社員は全く受け入れる体制になかった。入社してから給料は年棒制だと云い始めたりで、ずいぶんお粗末な会社だとは思ったもので、案の定職場では現場の社員たちは年上のボクを目の上のタンコブのように慇懃無礼に扱った。そうなのだ、忙しいし売上も上がっているからスタッフは増員して欲しい、でも入って欲しいのは自分たちでコントロールしやすい便利な奴、と云うことなのだった。入社してすぐ居心地の悪さを満喫して、今度辞める時は「会社都合」にして辞めた翌月から失業給付を受けられるようにしよう、と誓ったのだった。しかしそんないい加減な会社だからこそか、社員を辞めさせるのにも「会社都合」にはしたくないというツラの皮が厚い。明らかにお互いが受け入れないことに抗議しての協議離婚であるはずなのに、「あなたが勝手に辞めた」形にしたがる会社。聞けばボクが入った1年前も同じような30歳代後半の中途社員を入れたが3ヵ月で辞めたとのこと。しかもそれは「ノイローゼ」が原因で、他の社員が云う事には「体調を崩して」・・・2年も続けて中途の社員が辞めるのは、受け入れ態勢に問題があるとは思わないのだろうか?これが業界トップと云われる会社かと、正直「イイもの見せてもらいました」という心境だった。しかし、業界トップの会社に入ったとたんに辞めたボクは、いい歳をしてかなりのダメージを負ったのだった。

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2009年7月19日 (日)

鉄道考 丸ノ内線ワンマン化 '090719

日本のあちこちの鉄道がワンマン化してる。人口希薄地ならもう何年も前からあったことだけど、最近は人口密集地=都会でも進んでる。

人口希薄地でのワンマン化はひとえに人件費の圧縮。乗客もそんなにいないし、少しでも経費を削減したいと考えるのは企業として正しい道かもしれない。列車も1輌や2輌編成など短いのが多いから、運転士だけの扉扱いでも何とかなるのだろう。

でも、都会の列車ワンマン化はそう簡単ではない。そもそも、都会の列車は長編成。もともと車掌の視野に全ての編成の扉が見えていた訳ではない。街の発展とともに線路に沿ってホームも伸び、JRの飯田橋駅のような曲線ホームも多い。そして10輌以上の編成もざらだ。1輌20メートルとしても合計200メートル以上だし、扉も4つづつあれば、40以上の扉の安全を見なくてはいけなくなる。そこで考えられたのが・・・ホーム監視モニターとホームドアだ。

ではそれらは最近の登場なのか?と言えば、いえいえ結構昔からあって、ホームドアはたしか東京モノレールの駅などにはあったし、新幹線のひかり通過駅などにも似たようなのがあったはず。監視カメラもホームの各所に設置され、車掌室の斜め前のモニターで監視できるホームも多い。これらは乗客の安全と列車運行上のトラブル防止のため、結構役に立ってきたはず。

そして最近このホームドアに力を入れてるのが、東京の地下鉄。旧営団と都営がお手手つないで東急に乗り入れた三田線や南北線などの新規建設線なんかは最初からそう考えられていたはずで、ぴったりの措置だ。列車側の扉と少しずれて開く感覚がビミョ~に慣れなくてボクなんかは少々いらいらするけれど、まぁ安全のためならしょうがない。でも・・・

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2009年7月17日 (金)

ふと思う疑問 西友カード割引の日に 090717

最寄り駅の傍らに西友がある。ウォルマートに買収された後もなかなか業績が上がらなくて、長い間潰れちゃうのかな?と心配されていた西友だが、ボクはずっと前からいつもと変わらず利用してきた。うちのつがいのインコだって、かわいかったことはもちろんだけど、5%Offの日に売れ残ってカワイそうだったから買ったのだ。

そう、その西友5%Offのセゾンカード感謝デーはうちのような貧乏人には結構お得な日。なのでよく利用させていただいている。西友がジリ貧だった去年くらいまでは、毎週のように5%Off日を繰り返してたのに、最近は「5日と20日は5%Offの日」だなんて言って、なかなかしなくなった。ちと残念だが、ウォルマート流にエブリティ・ロープライスにしてるんだからいいでしょ、って感覚なんだろう。たしかにうちでも消費量の多いビールがいつ行っても6缶パックで\1,090はうれしい(酒は5%Offの対象じゃないらしく、5%Off日以外に日常的に購入してます)。でも5%Offは大きいと思う。100円で5円割り引くなんてうれしい!2000円のお米を買えば100円もお得。ちっちゃいアイスクリームくらいなら買えてしまう。

だから、西友5%Offのセゾンカード感謝デーは結構込む。もちろん平日が5%Off日だったらほとんど行けないから(ボクが毎日残業の会社に働き始めたことと近所の西友が早めに終わっちゃうから・・・区内なのに)、だから最近のボクの5%Off体験はもっぱら土日になる。普段だって込んでるのに5%Offでさらにお客さんが集まる。それは良い。安いから皆来るよねって感じだ。

でも、レジに並んでビックリすることがある。支払いでセゾンカードを使っているヒトが半分くらいで、残りはしっかり現金で払っている・・・????

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2009年7月13日 (月)

政治考 都議選は何を意味するのか? '090713

意味のない即日開票がまた繰り広げられたが、開票を随時放送したメディアはMXTVだけで、フジは「サキヨミ」で、NHKはスポーツニュースと音楽番組の合間に続けたのみだった。「サキヨミ」では時事の自民党大好き政治部記者がメインに話しているのが笑えたし、MXでは暴君・作家知事関連の番組が多いからか、与党の惨敗を深刻そうに報道しているところが微笑ましかった。たかが都議選なので、大騒ぎしないだけ静かな報道だったような気がする。しかし、低迷著しいTBSはこんな時だから特番でもやって頑張るべきだったのではないだろうか?

さて、この都議選の結果をどう見るか?

まずミジン・ダイサクの与党は過半数割れと報道で強調されている。うん、これは良いことだ。でもこれはオカシナ政治が少しだけ修正されたに過ぎない。ただ都議会で与野党逆転したことは、ある程度暴君・イシハラ作家知事の暴走は止められる可能性が出てきた。しかし注意が必要だ。ミンシュには元々ミジンもどきの議員がおり、これまでも暴君の政策に賛同する動きもあった。ミンシュが健全な都政を進めることが出来るのか?暴君の暴走を止められなければ、次の都議選ではまた先祖帰りするだろう。

しかし、与野党逆転だけで喜んでいいのか?ミンシュは54議席の獲得で喜んでいるだろうが、増えた20議席のうち、ミジン・ダイサクの与党から奪ったのは9議席にすぎない。ミジンは10議席減らしただけだし、ダイサクは1議席逆に増やしている。結局ミンシュはキョウサンやネットから11議席を奪ったことになる。そう云う意味ではもう少しうまく票を分け合うべきだったろう。

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2009年7月12日 (日)

読書録 東嶋和子「緩和医療の現場から がんとともに生きる」 '090712

癌とは不思議な病気だ。体の様々な場所に癌が出来る。ヒトは自分や身近なヒトがその病気にならないとなかなか真剣には病気のことを考えないものだと思うが、こと癌に関して云えば、そろそろそんなことは云えなくなってきたようだ。日本人の死亡原因では三人に一人が癌で亡くなるらしい。そしてふたりに一人は癌に罹るそうだ。ヒトの一生と癌との結び付きはもう必然的で、ヒトは生まれ育つことと同じように癌になる・・・そんな風に考えてもいい時代になっているように思えてしまうのだ。

繰り返すが、本当に癌とは不思議な病気だ。インフルエンザや結核、HIVなどの性感染症のようにウイルスで感染する訳ではないし(※1.)、交通事故や火傷、殺人などの外部要因でもなく、全く自分の体の中の細胞の変化によって、自らの生命が脅かされる病気なのだ。

確かに予防が出来ないこともないらしい。皮膚癌は紫外線を浴びる量を減らすことで危険性を回避できるそうだし(※2.)、肺癌の患者は喫煙者に多いという。肝臓癌はやはり飲酒好きが多く罹る傾向にあるとのことだ。しかし、煙草を吸わないヒトだって肺癌になるし、皮膚癌になるヒトが他人より多く紫外線を浴びたかどうかは、統計的にははっきりしない。

はっきり云えることは、癌とは自分の細胞=自分を生かしている細胞がある日突然自分を殺す細胞に変わってしまう現象に起因する病なのだと云うことなのだ。これはいったいどういうことなのだろうか?

ボクが癌について興味を持ったのは、毎日新聞に連載されている東大の放射線科の医師・中川恵一氏の「Dr.中川のがんから死生をみつめる」を愛読しているからだ。これは毎日新聞で永年連載されてきた同氏の「がんを知る」シリーズで、単行本はベストセラーなのだと云う。過去の経営陣が失敗を繰り返してきた毎日新聞では、貴重な成果なのではないだろうか?余談だが、毎日新聞は新聞協会賞を他の新聞社より数多く受賞していることを売りのしていて、確かに調査報道では抜きん出た実力と思うが、こと科学や医療の分野の報道でももっと評価されるべきだと思っている。

さて、中川氏は連載の中でボクにこう教えてくれた。癌とは人間の中で日々繰り返されている細胞分裂の際の遺伝子のコピーミスから生じるものなのだ、と。ボクはそれを知らされて「え、そうなの?」と改めてびっくりしてしまった。そして氏はこうも云われた。自分以外の細菌やウイルスの侵入なら免疫機能が働き防御されることもあるが、自分の細胞の変化なので、癌細胞の増殖は抑えられない・・・そして「どうして癌の患者が増えたのか?」との質問に「長生きするヒトが増えたから」・・・なんと!そうなのだ、衣食住や薬や医療技術が進んでいなかった昔と比べて、格段に生活が豊かになって長生きするヒトが増えたことが、結果的に癌の発症の機会を増やしてきたのだ。細胞分裂のない心臓が癌にならないという事実も、なんだかびっくりさせられたが、確かに「心臓癌」というのは聞いたことがなかった。

癌は人間の生命と切っても切れない結びつきがあるのだなぁ

さて、東嶋和子氏の「緩和医療の現場から がんとともに生きる」である。癌に興味を抱いたボクは、中川氏の科学的なお話と併せて、では癌治療を扱った書籍も読み始めたいと考えた。癌を克服する、となれば、癌治療医薬の話しや癌細胞を取り除く外科手術、癌細胞を狙い撃ちする放射線治療などにも興味があるが、癌=ヒトとの必然性、と云う考えから、癌治療現場での患者と医療者の関係性について述べた本を探してみたのだ。そして巡り合えたのがこの本だった。

この本は'97年の発行ですでに相当古い本なのだが、まだ「がん対策基本法」の施行前の時代の話しで、その時代に患者と寄り添う医療者の行動を克明に追った物語りだった。

この本を読むと、今では癌治療の世界ですでに有名になっている方々や施設が続々登場しているのがわかる。大阪の淀川キリスト教病院や東札幌病院など先進的な癌治療=患者と寄り添う医療を実践してきた施設や恒藤、高宮と云った今や著名な医師の若かりし頃や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、ボランティアなどなど、癌患者を取り巻く多くの関係者の活躍を登場させて、癌治療が医師だけで成り立つものではないこと、そして癌は根治させるだけではなく、癌患者の痛みや薬剤による副作用からの克服、日常生活への支援、精神的な支え、そして結果的に治せないことによるターミナルケアの充実・・・様々な場面が重なりあう医療なのだという事実がとても詳しく述べられていた。

ボクは今たぶん癌ではない。しかしいつ癌になるかわからない。いつ癌になっても不思議じゃない。だって癌は自分の細胞分裂のコピーミス=いつでも起こりえること、なのだから。

今、癌に冒されている方には申し訳ないが、癌になることで少しだけ救いではないかと思えることがある(とっても勝手ないい方だが)。癌になることとは「自分が死に向かっている現実を知ることが出来る稀な病気ではないか」、と云うことだ。ヒトは思わぬ事で死んでしまう。事故にあったり、殺されたり、自殺したり。そのほとんどが突然の予期せぬ死であるが、癌は自分の死の可能性を事前に知ることが出来る病気ではないだろうか?

かつて「死ぬまでにしたい10のこと」という映画があった。この映画は癌闘病を描いた映画ではないが、ある癌に冒された若い女性が、夫や子への思いや自分のわずかに残された人生について、自分なりに納得するために日々を送る物語りになっていて、ボクはその淡々とした描写がとても気に入ったものでした。癌の闘病生活はこの映画で描かれたようにそんなに自由には行かないでしょう。もっとつらく大変な日々なのでしょうが、主人公は自分がやり残したことをし、残すべき思いに対して前向きに行動します。

ボクはこの映画を観て、「あぁ癌というのは、自分が死ぬことを準備できる病なのだなぁ」と思えました。死ぬよりは生きて行くことの方がいいですが、生まれてきたものはいつか死ぬのだと思えば、死ぬかもしれないと先に分かること、そしてその原因がよそになくて自分なのだと思えれば、果敢に治療に臨んだり、自分らしい死に方を選んだり、そうして死ぬまでを生きることに普段とは違う一生懸命な自分になれるような気がします。

そして最後に、もし癌になったら、この「緩和医療の現場から がんとともに生きる」のように、癌患者と一緒になって歩いてくれる素敵な医療者に巡り合いたいものだと、心から思ったものでした。

※1.例外あり:感染が結果的に癌細胞を発症させてしまうものとしては、ヘリコバクターピロリと胃癌、パピローマウイルスと子宮頚癌などがある。

※2.そんな情報が増えたことで、今や町中には日傘の情勢が溢れている。予防するのは自由だが、傘を低くさして狭い道を闊歩するのは止めてもらいたい。ヒト通りの多い場所では傘を高く上げるか、傘を畳むべきだ。自分が癌になりたくないからといって、他人を怪我させたり、迷惑かけるのはマナー違反だ。

書名:緩和医療の現場から がんとともに生きる

著者:東嶋和子

発行元:日本実業出版社

初版発行日:1997年07月20日

2009年7月11日 (土)

ふと思う疑問 即日開票は無駄の塊 '090711

今日はこれから休日出勤。今週は深夜までの残業で3回もタクシーで帰ったお疲れウィークだった。明日は都議選らしく、ニュースで盛んに「衆議院選の前哨戦」と叫んでいる。そうかもしれない。しかし東京都民は行列に並ぶのが好きなバカ素直なヒトが多いから、またミジン党やダイサク党に入れるヒトが多いのだろう。

しかし、ひとこと云いたい。「即日開票」ってなんの意味があるのか?開票する職員の弁当代、深夜残業代、夜開票する会場の照明費・・・月曜の朝になってゆっくりやればいいではないか?これはダミ声お坊ちゃま首相がイタリアで着飾るのと同じくらいの壮大な無駄だと思う。

これ、真面目な話です。

2009年7月 4日 (土)

政治考 都議選の焦点は石原都政の無駄遣いだ '090704

都議選が始まった。ある新聞によると、ミジン党の都議選候補者は「応援に来て欲しいヒト」の一番に麻生ダミ声お坊ちゃまではなく、石原バカ息子伸晃だそうだ。これは笑える!

ミジン党の選挙活動してるヒトは本当にわかっていない。今の都政の最大の問題は、「新銀行東京」の巨額負債問題なのだ。この銀行は、石原作家知事の肝入りで設立され、石原作家知事の取り巻きが経営し、湯水のように都金を引き出し、多くの犯罪を生み、金融庁の監査を反故にして無謀に融資が拡大させ、結局設立資金を含め都民の税金が2,000億以上浪費され、現在も税金が垂れ流しされている、現在進行形のトンデモ犯罪なのだ。1億2億の問題ではないのだ。故田中角栄のロッキード事件の比ではない。都政のトップが直に行っている犯罪的無駄遣いなのだ。

そんなこの時期に行われている都議選の応援に、石原バカ息子伸晃がいい、とミジン党支持者は思っているのだ。笑えるではないか!

故石原真っ黒クロ助裕次郎の23回忌法要ってのが無駄に盛大に開かれるらしいのも、都が福岡県が先に立候補してるのに横取りしたオリンピック日本代表都市活動も、石原作家知事の無駄遣いの目晦ましとしか思えない。(裕次郎はほんとにあんなことしてもらいたいのだろうか?)

賢明な都民が少しでもいるなら、自分たちの暮らす街を少しでもまっとうな街にしたいなら、新銀行東京やオリンピックなどという無駄遣いを支持してきたミジン党などの与党政治を根絶すべきと考えてもらいたいものだ。

そして新銀行東京への税金の出血が1日でも早く止めることには、今回の都議選で、ふんぞり返っている作家知事の無謀を擁護してきたミジン党を都政で敗北させるしか道はないのだ。新銀行東京の出血は、犯罪的無駄遣いなのだ。あのお金でどれだけの保育園の保母さんが雇えるだろうか。どれだけの駅にエレベーターが作れるだろうか?どれだけの・・・・

でも、石原バカ息子伸晃のどこが立派なのか?あれはミジン党にぴったりの脳ミソ空っぽのボンボン以外の何モノでもない、恥ずかしい野郎だと思う。

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