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2009年7月12日 (日)

読書録 東嶋和子「緩和医療の現場から がんとともに生きる」 '090712

癌とは不思議な病気だ。体の様々な場所に癌が出来る。ヒトは自分や身近なヒトがその病気にならないとなかなか真剣には病気のことを考えないものだと思うが、こと癌に関して云えば、そろそろそんなことは云えなくなってきたようだ。日本人の死亡原因では三人に一人が癌で亡くなるらしい。そしてふたりに一人は癌に罹るそうだ。ヒトの一生と癌との結び付きはもう必然的で、ヒトは生まれ育つことと同じように癌になる・・・そんな風に考えてもいい時代になっているように思えてしまうのだ。

繰り返すが、本当に癌とは不思議な病気だ。インフルエンザや結核、HIVなどの性感染症のようにウイルスで感染する訳ではないし(※1.)、交通事故や火傷、殺人などの外部要因でもなく、全く自分の体の中の細胞の変化によって、自らの生命が脅かされる病気なのだ。

確かに予防が出来ないこともないらしい。皮膚癌は紫外線を浴びる量を減らすことで危険性を回避できるそうだし(※2.)、肺癌の患者は喫煙者に多いという。肝臓癌はやはり飲酒好きが多く罹る傾向にあるとのことだ。しかし、煙草を吸わないヒトだって肺癌になるし、皮膚癌になるヒトが他人より多く紫外線を浴びたかどうかは、統計的にははっきりしない。

はっきり云えることは、癌とは自分の細胞=自分を生かしている細胞がある日突然自分を殺す細胞に変わってしまう現象に起因する病なのだと云うことなのだ。これはいったいどういうことなのだろうか?

ボクが癌について興味を持ったのは、毎日新聞に連載されている東大の放射線科の医師・中川恵一氏の「Dr.中川のがんから死生をみつめる」を愛読しているからだ。これは毎日新聞で永年連載されてきた同氏の「がんを知る」シリーズで、単行本はベストセラーなのだと云う。過去の経営陣が失敗を繰り返してきた毎日新聞では、貴重な成果なのではないだろうか?余談だが、毎日新聞は新聞協会賞を他の新聞社より数多く受賞していることを売りのしていて、確かに調査報道では抜きん出た実力と思うが、こと科学や医療の分野の報道でももっと評価されるべきだと思っている。

さて、中川氏は連載の中でボクにこう教えてくれた。癌とは人間の中で日々繰り返されている細胞分裂の際の遺伝子のコピーミスから生じるものなのだ、と。ボクはそれを知らされて「え、そうなの?」と改めてびっくりしてしまった。そして氏はこうも云われた。自分以外の細菌やウイルスの侵入なら免疫機能が働き防御されることもあるが、自分の細胞の変化なので、癌細胞の増殖は抑えられない・・・そして「どうして癌の患者が増えたのか?」との質問に「長生きするヒトが増えたから」・・・なんと!そうなのだ、衣食住や薬や医療技術が進んでいなかった昔と比べて、格段に生活が豊かになって長生きするヒトが増えたことが、結果的に癌の発症の機会を増やしてきたのだ。細胞分裂のない心臓が癌にならないという事実も、なんだかびっくりさせられたが、確かに「心臓癌」というのは聞いたことがなかった。

癌は人間の生命と切っても切れない結びつきがあるのだなぁ

さて、東嶋和子氏の「緩和医療の現場から がんとともに生きる」である。癌に興味を抱いたボクは、中川氏の科学的なお話と併せて、では癌治療を扱った書籍も読み始めたいと考えた。癌を克服する、となれば、癌治療医薬の話しや癌細胞を取り除く外科手術、癌細胞を狙い撃ちする放射線治療などにも興味があるが、癌=ヒトとの必然性、と云う考えから、癌治療現場での患者と医療者の関係性について述べた本を探してみたのだ。そして巡り合えたのがこの本だった。

この本は'97年の発行ですでに相当古い本なのだが、まだ「がん対策基本法」の施行前の時代の話しで、その時代に患者と寄り添う医療者の行動を克明に追った物語りだった。

この本を読むと、今では癌治療の世界ですでに有名になっている方々や施設が続々登場しているのがわかる。大阪の淀川キリスト教病院や東札幌病院など先進的な癌治療=患者と寄り添う医療を実践してきた施設や恒藤、高宮と云った今や著名な医師の若かりし頃や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、ボランティアなどなど、癌患者を取り巻く多くの関係者の活躍を登場させて、癌治療が医師だけで成り立つものではないこと、そして癌は根治させるだけではなく、癌患者の痛みや薬剤による副作用からの克服、日常生活への支援、精神的な支え、そして結果的に治せないことによるターミナルケアの充実・・・様々な場面が重なりあう医療なのだという事実がとても詳しく述べられていた。

ボクは今たぶん癌ではない。しかしいつ癌になるかわからない。いつ癌になっても不思議じゃない。だって癌は自分の細胞分裂のコピーミス=いつでも起こりえること、なのだから。

今、癌に冒されている方には申し訳ないが、癌になることで少しだけ救いではないかと思えることがある(とっても勝手ないい方だが)。癌になることとは「自分が死に向かっている現実を知ることが出来る稀な病気ではないか」、と云うことだ。ヒトは思わぬ事で死んでしまう。事故にあったり、殺されたり、自殺したり。そのほとんどが突然の予期せぬ死であるが、癌は自分の死の可能性を事前に知ることが出来る病気ではないだろうか?

かつて「死ぬまでにしたい10のこと」という映画があった。この映画は癌闘病を描いた映画ではないが、ある癌に冒された若い女性が、夫や子への思いや自分のわずかに残された人生について、自分なりに納得するために日々を送る物語りになっていて、ボクはその淡々とした描写がとても気に入ったものでした。癌の闘病生活はこの映画で描かれたようにそんなに自由には行かないでしょう。もっとつらく大変な日々なのでしょうが、主人公は自分がやり残したことをし、残すべき思いに対して前向きに行動します。

ボクはこの映画を観て、「あぁ癌というのは、自分が死ぬことを準備できる病なのだなぁ」と思えました。死ぬよりは生きて行くことの方がいいですが、生まれてきたものはいつか死ぬのだと思えば、死ぬかもしれないと先に分かること、そしてその原因がよそになくて自分なのだと思えれば、果敢に治療に臨んだり、自分らしい死に方を選んだり、そうして死ぬまでを生きることに普段とは違う一生懸命な自分になれるような気がします。

そして最後に、もし癌になったら、この「緩和医療の現場から がんとともに生きる」のように、癌患者と一緒になって歩いてくれる素敵な医療者に巡り合いたいものだと、心から思ったものでした。

※1.例外あり:感染が結果的に癌細胞を発症させてしまうものとしては、ヘリコバクターピロリと胃癌、パピローマウイルスと子宮頚癌などがある。

※2.そんな情報が増えたことで、今や町中には日傘の情勢が溢れている。予防するのは自由だが、傘を低くさして狭い道を闊歩するのは止めてもらいたい。ヒト通りの多い場所では傘を高く上げるか、傘を畳むべきだ。自分が癌になりたくないからといって、他人を怪我させたり、迷惑かけるのはマナー違反だ。

書名:緩和医療の現場から がんとともに生きる

著者:東嶋和子

発行元:日本実業出版社

初版発行日:1997年07月20日

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