2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月の13件の記事

2009年2月27日 (金)

旅への想い Liberec/リベレツ '090227

今朝の新聞のスポーツ面にスキーノルディック世界選手権の複合団体で、日本チームが逆転優勝したと報じていた。久しぶりの優勝だそうだ。チームの皆さん、おめでとう。

このニュースは、フジTVの「とくダネ!」の冒頭で、司会の小倉智昭さんも言及していた。「チェコのリベレツという街でやっていたようですが。あまり知られていない街で・・・」というコメント付きだった。

いやいや、リベレツ(※1.)はチェコを代表するスキーリゾートであり、チェコどころか、近隣諸国からスキーヤーが集まるメッカで欧州では知られたスキーヤー“憧れの地”。距離的に近いせいもあるが、ドイツからの客が多い街で、そんなリベレツをボクは訪れたことがある。たった一泊の滞在だったが、とても美しい街だったことを覚えている。'07年11月の半ばのある日だった。

リベレツにはプラハから向かった。プラハの宿を立ち、その日はモスト/Mostという街を経由して向かうはずだったが、プラハ本駅/Praha Hlavni(※2.)でモスト行きが遅れて、しかも駅の表示装置が壊れていたようで、電光掲示板の前でにカート付きのリュックと佇みながら、一向に出発表示の出ないモスト行きを観ていた。構内が広く出発の番線も変更されやすいので表示板の前から離れられず、本当にモスト行きがあるのかどうかさえ分からぬまま時間が過ぎ、おかしいぞ?と駅員に聞くと「もう出たよ」という。「掲示板に出なかったよ」と訴えても伝わるはずもない。チェコ語は知らないし英語もあやふや。しようがないので今夜の宿となるリベレツに向かったのだった。

プラハからリベレツに鉄道で向かうには、途中Tumowという駅で乗り換えることになる。Tanwald行きの列車は、2等車が5,6輛連なっており、客室の扉が壊れているような年代物で、少し埃っぽく感じた。同室にはおばちゃんと30歳くらいのお兄ちゃん。お兄ちゃんはボクにプラハで行われるロックコンサートのチケットを見せて、「今日は早起きしてこのチケットを買ってきたんだぞ」という感じで、おばさんとボクに熱心に話しかけていた。ポチャッとした見るからに田舎のとっちゃん坊やと云う感じで、ボクは心中「あんたとロック?似合わねぇなぁ」と思ったものだった。おばさんは最初「変な東洋人と一緒になっちゃったなぁ、ヤーパンってどの辺の国だっけ?」という感じだったが、お兄ちゃんが降りて行ったら、わからないチェコ語で話しかけてくれて、「どこに行くんだ?」と聞くと「リベレツです」と云うと、「あの街はねぇ」と話してくれたようだが、何も分からなかった。

しばらくプラハ近郊の都市と農村がごっちゃな地域を進み、いくつかの駅で乗降しながら少しづつ北東に進む。やがて丘陵地帯に入って行き、川沿いのルートをたどりながら約2時間で乗り換え駅Tumowに着く。チェコはたいがいどの駅も広々しているが、このTumow駅ものんびりと広い。同じ車室のおばさんに「レベレツ行きは乗換だよ」と囃されホームに降りると、何人もの駅員や車掌、運転士がホームにいる。しばらくしてホームの向い側にプラハから来た列車よりはるかに新しい列車が到着した。ドイツに近いこの地域は、生活路線と云うよりもリゾート路線という位置づけのようだった。

リベレツ行きは、車両の端に1等席が設けてあり、そこに進むと、車内にたくさん乗っていた高校生たちが、なんだこの変な顔の人間は?という顔でじろじろ見られた。チェコ滞在も一週間が経っていたボクは、ジロジロ見られるのは慣れっこになっていた。列車が出発するときに窓からホームを見るとさっきのおばさんが心配そうにボクを探していた。思わず手を振ってさよならした。今夜、彼女は夕飯時に家族に云うだろう。「プラハからの列車でヤーパンから来た男の客と同室になったよ」と。家族は信じるだろうか?ありがとう、おばさん。

Tumowからリベレツまでの乗車時間は約30分くらい。列車はTumowを出てすぐに右(北西方面)に曲がり、坂を上り始めた。線路の辺りは雪が積もり急速に寒くなって来て車窓に水滴が付いてきた。急に山岳路線に入ったようだった。11月は日暮れは早い。16時はもう薄暗くなって来た。

リベレツ駅は欧州の街によくあるように市街地から離れて立地していた。駅は待合室も売店もあり、ホームと駅舎の間は地下通路で結ばれていた。駅前を左右に走る道にはトラム(路面電車)が走っており、駅横の売店で24時間チケットを購入し乗り込んだ。

市街地は駅から下った位置にありトラムで5,6分くらいのところにあった。UK系のスーパーTESCOや商店街の間に広めの路を進み、バスとトラムの交通ターミナルがあった。旧市街地はこのターミナルから北側の坂にゆるく登るように広がっていた。建物はチェコの他の街よりも硬質に感じられた。やはりドイツに近いからだろうと思われた。泊まったホテルは坂の中腹にある大きなもので、チェコでは一番きれいだった。ホテルの展示場では世界的に有名なコンサルタントファームがセミナーを開いていて、大きな荷物を引いて汚れたコートの東洋人をパシッとスーツで決めた男女に珍しそうに眺められた思い出がある。

旧市街地の四角く広い石畳の広場に面して、大きな教会のような市庁舎があり、その夜景の中で美しさは、あぁここまで来て良かったと自然を感じる荘厳さがあった(※3.)。

街は山間部に開けた盆地のゆるい傾斜地に広がっており、北の端に動物園があった。動物園(※4.)から交通ターミナル、駅を通って南側の斜面に広がる住宅地までトラムが走っていた。また、交通ターミナルからトラムがJablonecという隣町まで路線が伸びており、この路線はトラムが走るとは思えないくらいの郊外路線で隠れた素敵な鉄道旅であった。また辿り着くJablonecも盆地に佇む落ち着いた町だった。リベレツからも国鉄路線があったが、駅は坂の上で、列車数はトラムの方が多く、街の中心地どうしを結んでいるので利用者はトラムの方が多いようだった。

翌日の昼、ボクはリベレツ駅からドイツのZittau/ジッタウに向けて旅立った(※5.)。山間の美しいリゾート都市・リベレツ、いつかまた訪れたい街だ。

スポーツのニュースでふと思い出した旅の情景だった。

※1.http://www.tabibito.de/czech/jliberec.shtml

※2.プラハ本駅(Praha Hlavni)は街の中心街に近く地下鉄駅にもつながっていて便利だが、広い構内は全体に薄暗く浮浪者も見かけたりする。

※3.当時、市庁舎前の広場を日本のゼネコンが工事をしていた。

※4.この動物園はチェコ最古の設立らしい:http://www.anone.cz/B3l1

※5.ジッタウは列車で約30分。途中ジッタウ手前でポーランド領をしばらく最徐行して走行する。

2009年2月25日 (水)

世相考 「おくりびと」USアカデミー受賞に思う '090225

日本映画「おくりびと」がUSアカデミー賞の外国語映画賞を獲ったという。喜ばしいことだ!関係者の皆さん、おめでとうございます。・・・が、しかし、あまのじゃくのボクは一言小言を云いたいのだ。

・受賞を機に、「おくりびと」上映館に観客が殺到しているとの報道があった。

なんともうんざりする話じゃないか。受賞したから観に行くのか、このヒトたちは。究極の安全牌人間か、はたまた行列の出来るラーメン屋好きか!ボクは先にこの映画を観ているし('081101・映画の日)、ボクだって他人の評判(映画評投稿サイト)が気になって観に行った訳だが。しかし、「おくりびと」は去年の9月からずっとロードショウ公開されてきた訳で、いつでも観られたわけなのだが。今更観に来て偉そうな顔はしないでもらいたい。

USアカデミー賞を貰えたって、ヒトによってはつまらない映画もあるはずで(ボクはかつて監督賞などを獲った「ブロークバック・マウンテン」が駄目だった)、受賞直後に観に行って喜んでいるヒトは、“勝ち馬に乗る”タイプじゃないだろうか?きっと小泉の写真集買って自民党に投票して、今になって麻生を批判してるんだろうな。

・受賞を機に広末涼子の株が上がり出演料が高騰するだろうとの報道があった。

ボクは彼女が授賞式に同行することから疑問だった。この映画で唯一つまらなかった俳優が彼女である。とにかく演技も表情も薄っぺら。監督がなぜ彼女を起用したのか?ちょっと色っぽい体してるからかな?監督がちゃんと演技を付けられなかったのかもしれないが、あれだけ演技派の俳優たちと共演しているのだから、彼女もはもう少し深い演技をして欲しかった。代わりに山崎勉あたりがロスに行くべきだったろう。

たぶん脚本も甘いのだろう。主人公の妻という役柄の割には、深く掘り下げて書き込まれていなかったのだろう。夫がチェロを購入するのに借金を抱えていたことを知らなかったことや、納棺師の仕事をあからさまに蔑むこと、そして一旦実家に帰ったはずなのに子供がお腹にいたからと云って簡単に帰ってくることなど、妻についての書き込みが足りない。はっきり云って軽薄極まりない人物になっている。

・そんなに凄い映画?外国語映画賞って云われても・・・

正直、ボクはある映画評投稿サイトで「おくりびと」を80点にした。ボクが日本映画を採点した中では高得点の方だ。しかし世の中の報道は、「日本の映画が世界に認められた」などと云い切ってはいないか?USアカデミー賞はUS国内で公開された映画から選ばれるもので、純粋にUS国内の賞であり、USアカデミー賞はカンヌやベルリンなどと違い国際映画祭ではないのだ。確かにハリウッド製の映画は世界中で公開されているから、国際的な雰囲気はあるが、本当はそうではない。

ただしこれはUSアカデミーの責任ではない。日本人が大騒ぎし過ぎているだけだ。彼らか彼らで自分の国の映画を点数付けて喜んでいるだけだろうから。そして「外国語映画賞」である。外国語というより、“他国の映画を表彰する賞”ということだろう。

日本の報道機関は、オリンピックやノーベル賞の時もそうだが、日本人が受賞すると、なぜここまで大騒ぎするのだろう?まるで作品賞を獲ったみたいだ。騒ぐな、とは云わない。しかし、本当にそんなに立派な映画だっただろうか?イイ映画で興行的にも成功しているが、そんなに抜きんでて良いのか?ちゃんと冷静に映画を評価すべきだろう。また、日本映画以外の賞についても、ちゃんと報道して欲しいものだ。

「おくりびと」受賞はボクだってうれしい。でもUSアカデミーより、モントリオール世界映画祭グランプリの方が名誉じゃないかな?と思うなぁ。

ps.授賞式の朝のTBSの「朝ズバ」で司会のみのもんたが、コダックシアター前にいるTBSの記者に「監督が前を通ったら、映画化のきっかけ聞いてね」なんて叫んでた。この映画の制作にはTBSも参加しているはずで、そもそもこの映画は主演の本木雅弘が考えたことだと、かなりのヒトが知っていたはずだ。みのというのは「自分の知らないことはみんなも知らない」と思っている麻生級の尊大な男だが、USアカデミーのレッドカーペットの上でそんなことを聞けと云う、なんとも自分勝手な男なのだと、恥ずかしくなった。もう少し勉強しとけよナ。

2009年2月24日 (火)

政治考 国家危機 どうしたら奴を辞めさせられるか '090224

各メディアが“ダミ声お坊ちゃま首相”への不支持率が軒並み80%を越えた、と囃している。

これはまさに、麻生太郎というヒトが総理大臣であること自体が「国家危機」なのだと云う事を国民が共通認識にしているということではないだろうか?しかし、8割りを越える国民が「辞めてくれ」と思っていても、彼は辞めないだろう。何故か?

・・・自分は何も悪いことはしていない。世の中が不景気なのは、金融危機や派遣労働者が悪いのであり、自分は過去の総理大臣となんら変わりない。安倍や福田のように政権を投げ出すなんてことはいけないことだ。衆議院の解散は任期満了の秋で良いではないか?その時には経済も最悪の時期を乗り越えて、回復期が始まっているだろう。・・・

・・・衆議院で2/3を獲ったのは確かに小泉の奴が頭だったが、あの時だってオレは当選したし他の議員を応援した。その権力を行使して何が悪い。野党の奴らは政権を獲ったこともないくせに偉そうなことを云いやがる。所詮、左にかぶれた情緒不安定な奴らだ。あんな奴らに政治を任せられるか。まぁ秋まで選挙を延ばして、その時は「民主党は共産党や労働組合に操られた極左の無政府主義者だ」くらい云っておけば、日本人は怖がりだし自民党大好きだから半分くらいは獲れるだろう。あとはマスコミを「偏ってねぇか?」と脅してニュースでこっち寄りに放送させて、数が足りないときはまた宗教団体に声掛ければいい。奴らをもう何年も“与党”漬けにしてるから、もう野党なんて貧乏暮らしには戻れないはずだ。信者にも「ほら、与党だから私たちのこんな要求が通りましたよ」と云えるし、信者は宗教で固まっているから、例え教祖が「戦争しましょう」って云ったら喜んで夫や子を差し出すだろう。

・・・不景気は政治が悪い?そうだ、今の不景気は小泉の時代が原因だ。奴の頭はどこかおかしい。やり過ぎたのだ。オレは官僚をフルに使うぞ。日本の官僚を養ってきたのは自民党だ。官僚も最近旗色が悪くて、自分たちエリートが裕福に暮らせない時代になりそうだと慌てているから、今は利用するチャンスだ。奴らは選民意識の塊だ。自分は誰よりも頭がイイし、自分こそヒトの上に立つべき人間だと思っている。だから天下りだろうが、利権だろうが、自分たちは許されると考えている。奴らにまた自民党と仲良くしてたあのイイ時代に戻ろうぜと誘えば政権は安泰だ。所詮奴らは国民のことなんて第一じゃない。

・・・支持率は10%台で不支持が80%を超えたって?ふ~ん、そうなの。まだ1割以上のヒトがオレを支持してるわけだ。1割と云えば1千万人以上ということだろう。立派なもんだ。8割りがオレに辞めろって?何云ってやがる。前の選挙で大喜びで自民党に入れたのはどこのどいつだ。オレ様はその自民党の頭だぞ。お前たちが選んでおいて何云ってるんだ。お前たちが選んだ政権が郵便局を分けたり、規制緩和したんだぞ。今更文句言うな。

・・・オレは辞めねぇゾ。辞める訳がない。これまで何度も総裁選挙で負けてきたんだ。オレはおじいちゃんより偉くなるんだ。ふざけんな。

ダミ声お坊ちゃま首相は、今年('09年)の第117回国会における施政方針演説で「安心と活力のある社会」を目指すと云った。

現在の豊かで安全な日本は、私たちが創ったものです。未来の日本もまた、私たちが創りあげていくものです。過去二回がそうであったように、変革には痛みが伴います。しかし、それを恐れてはなりません。暗いトンネルの先に、明るい未来を示すこと。それが政治の役割です。良き伝統を守り発展させる。そのために改革する。それが、私の目指す真の保守であります。 」

・・・こう云ったのだ。ダミ声お坊ちゃまは何も分かってはいない。そもそもヒトと一緒になって仕事をする心構え、相手の立場になって考え、行動することができない、ヒトの上に立つことが自分勝手にでl切ることだと思いこんでいる謙虚さのかけらもない=リーダーの資格が全くないヒトがこの国の総理大臣なのだから、最悪だ。安倍も福田も政策はひどかったが、辞める謙虚さは持っていた。レベルは最底辺だが、麻生は最悪だろう。

カレは自分では辞めない。自分は何も悪くないと思っている以上辞めるはずがないのだ。自分の間違いに一生気が付かないし、反省も思いやりもない。自分は誰よりもリーダーなのだ、と思いこんでいる。彼が一日でも一時間でも一分でも首相を続ける限り、この国の不幸は続くだろう。これは“神の国だから日本は負けない”と考えた戦前の軍部幹部と同じだ。日本丸の船長室に誰かが突入して辞めさせない限り、この船は沈没するしかないだろう。

メディアはこうも云っている。ではだれを首相にすべきか?という問いに、民主党の小沢氏への支持が伸びていません、とも。だから麻生でいいのか?自民党でいいのか?

ちがうだろう?今の最大の関心事は、誰が首相か?ではなく、まず一刻も早く“ダミ声お坊ちゃま”が首相を辞めさせることであり、一日も早く総選挙をすべきだ、自分たちで改めて政治に参加するんだ、と国民は願っているのだ。あの首相が居座り、効果的な政策が打てない現実が最大の政治空白だからだ。

日本は広島や長崎に原爆を落とされるまで、勝つつもりだった国だ。沖縄の地上戦で自国兵が住民を殺すような敗れ方をしても、気付かないふりをしていた国だ。今止めなければまた同じ轍を踏むことになるだろう。

2009年2月20日 (金)

映画録 コレラの時代の愛/LOVE IN THE TIME OF CHOLERA '090220

50年も一途?に一人の女性を思い続けた男の不思議な物語り・映画「コレラの時代の愛」を観た。映画のコピーがいい。

51年9ヵ月と4日、キミに餓えて眠り、君を求めて目覚める 』 ・・・チラシの宣伝コピー・・・

う~ん、この映画はある意味純愛ものなのだろう。しかし、この主人公の男はその女を愛し続けるが、その女が他の男に嫁ぎ子も成し幸せであることを是認する。男はただひたすら女を愛するのみ、彼女の夫への嫉妬心すらもなく、ただ愛するのみだった。

舞台は各地でコレラが蔓延し、内戦で混乱した時代の南米だ。はじめ電報配達人だった男は配達先の裕福なロバ仲買人の娘に魅せられる。自由恋愛の難しい時代だったが、娘の付添い人も応援し、二人は親や周囲の目を盗みながらラブレターを交わしあい愛を高め合った。しかし、名士に嫁がせたい父親は娘を遠地に送り、二人は離ればなれになる。

愛する娘が遠ざかり、何も手に付かなくなった男は、母と叔父の手助けにより、ジャングルの奥地の街に職を与えられ失意の中、旅立つ。が、その船旅の途中に、乗客の女に性を目覚めさせられる。女を追う彼を笑ってあしらう女たち。男は愛する娘への思いとは全く違う部分で、女性との享楽を知り、悟る。

愛する男から離された娘は、いつしかの男への思いが薄れて行く。ある日、パリ帰りの医師(ベンジャミン・プラット)がコレラへの感染を疑って恐怖に慄く娘の体を触れる。娘は初めての異性との接触に、手紙の男と違うときめきを知る。そして、医師に見染められた娘は新たな愛に喜ぶ。そして結婚、新婚旅行、出産、子育て、そして夫の不倫と復縁・・・裕福な医師の妻として母としての幸せな人生を続ける。

娘の幸せな人生の傍ら、男はどうしたか?彼は辛く鬱屈した日々を送ったのか・・・いやそうではなかった。この男は娘への恋心を燃やし続けながらも、裕福な叔父の河川船舶事業を手伝い、叔父の引退後事業を引き継ぎ経営者となる。また、街の女性たちからひたすら好かれ、情事の相手を欠かさない日々を送ることになる。

そして51年9ヵ月と4日目、622人の女性と交接した男は、教会の送別の鐘を聞き、来るべき日が来たことを悟る。彼女の夫は亡くなった。私の番だと・・・そして男は葬儀の後、嘆き悲しむかつての恋人の元へ、愛の告白に赴く。

この映画へのボクの不満は、主人公である男と女の心の動きを伝えてくれなかったことである。女に捨てられながらも、同じ街に住みながらも、男は女に復縁を迫ることもせず、ひたすらほかの女と情事を重ねながらも、なぜ女の夫の死を待ち続けられたのか?なぜこの男はこんなにも女にもて続けたのか?男の何が魅力だったのか?女はなぜ心変わりし、医師に走ったのか(映画では、電報配達人の男よりも医師の方がはるかに男前で裕福なので、この選択は至極妥当ではなるが)・・・しかも、この二人は最終的には見事結ばれるのだ!その心の襞を映画は説明しない。映画は物語りを説明しなくてもイイのかもしれないが、この映画ではボクはそうして欲しいと思った。いろんな点で説明不足を感じる映画であった。

しかし、この映画の素晴らしいのは、南米熱帯の大河に反射する光り、街の雑踏、ジャングルの蒸し暑さ、そして19世紀初頭の粘っこさ、スコールの激しさが感じられたところだ。そして人々の猥雑さの中で、心変わりをしても許されるような女(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)の美貌だ。美人は何をしても許される、説得力だった。なお、主演のハブビエル・バルデムについては、何も云わない。

ボクはこの映画の原作本を読んではいない。ガルシア・マルケスというノーベル賞を取ったラテンアメリカ最大の作家であり、キューバのカストロの友人でもあるこの作家の作品をいつか読んでみたいと思っているが、有名人奥手のボクは一切未読だ。原作本を近々ぜひ読みたいと思う。

この映画は、舞台となるコロンビアへの想像力を掻き立たせてくれる。たぶん小説の方がずっと内容があるものだろうけど、まぁ映画はエキゾチックでエッチな羨ましい、不思議な男の物語だった。しばし羨望と幸福・・・飯田橋・ギンレイホールで観た。

2009年2月18日 (水)

映画録 チェ 39歳 別れの手紙/CHE '090218

スティーヴン・ソダーバーグ監督のチェ・ゲバラ二部作の後篇「チェ 39歳 別れの手紙」を観た。彼がボリビア山中で殺されてからもう40年以上もの年月が経ち、ブレーキの利かない資本主義の行き過ぎに世界の弱者が疲弊している現代に。

この映画のストーリーを書いてもせんないことだ。そこにはひたすらボリビア山中で孤立無援の革命にもがくゲバラと同志たちが在るだけだ。

前篇の「チェ 28歳の革命」では、グランマ号でキューバを目指しカリブ海を進み、シエラ・マエストラ山中のゲリラ戦を経て、地上戦と続く革命戦争の途上に、カストロとの出会いや国連総会での演説シーンがクロスカッティングされ、ゲバラの人となりや性格が肉付けされていた。しかし、この「39歳」は異なり、カストロがゲバラからの“別れの手紙”を国民に読むことから始まり、ボリビアへ侵入し殺されるまでの約一年の闘争を淡々と記録してゆく。

なお、キューバを離れ、まず潜入したコンゴで味わった失意については、一時帰国して妻子と親しむシーンの表情でしか表現されていない。

観終わって思うことは、この映画はかなり正直に作られていたな、とホッとしたことだ。確かにゲバラの最後は惨めなものだった。キューバを見事に解放し、国立銀行総裁や工業相、国連全権大使などキューバ民主化に尽力した彼は、USの圧力下、ソ連へ傾斜するカストロの方針にも疑問を募らせていたのだろう。当時のソ連はスターリン以来自国を“社会主義革命発祥の地”を看板として“一国社会主義”を掲げ、“社会主義的覇権主義”の形で多くの社会主義陣営の国々を「支配」していた。

そうだ、キューバはカストロに任せよう、革命は留まっていてはならない、自分は世界中の虐げられた人々のもとに駆けつけよう、と決意したのだろう。

当時ボリビアは4月革命の成果が軍部のクーデタによる軍事独裁で形骸化されていた。その惨状は、ゲバラがキューバ革命に赴く前に体験したグアテマラでのアルベンス民主政権がUS-CIAによって転覆されたことと似て許せない状態だったのだろう。ただゼネラルフルーツ(現チキータ)社のモノカルチャー農業による支配下のグアテマラと異なり、4月革命による農地解放が一部進んでいたボリビアで、しかも原住民の比率が高かったボリビアでは住民の意識が低かったのだろう。しかも、ソ連寄りのボリビア共産党からの支援が受けられず、US-CIAの介入による軍事政権の圧力により、ゲバラは悲しく死んでゆく。映画はその姿を淡々と捉えてゆく。

映画の中のゲバラはまさに自らに苦行を強いる“聖人”だ(そんな呼び方を彼は拒絶するだろうが)。しかし、彼は自分の信じた道を全うしようとした何かしら“滅びの美学”のようなものを感じた。そこにあえるものは「自由な祖国か死か?我々は勝利する!」 だ。

こんなレビューをかけるボクにとっては、この映画は決して娯楽映画ではない。特に「28歳の革命」のように成功した企てではないから余計だ。だから万人に受ける映画でもないだろう。

信念は、死なない。 』 ・・・チラシの宣伝コピー・・・

ボリビアだけでなく世界の解放闘争の多くはすぐには実を結ばなかった。しかし、かつて「黄金の玉座に座る乞食」と形容されたほど豊かな天然資源を持ちながら貧しい国であったボリビアは今、先住民出身の大統領が生まれたことをゲバラはきっと喜んでいるに違いない。40年も遅れたけれど。

改めて書く。世界は今、ブレーキの利かない資本主義の暴走の果てに国を越えて疲弊している。特に弱者が。今、ゲバラがいたら何を思いどう動くだろうか?私たちはゲバラから手紙を受け取れる資格があるだろうか?

2009年2月16日 (月)

ふと思う疑問 普通の失業者のことも報道してよ '090216

TVのニュースで、派遣やパートの不正規雇用の労働者の雇い止めについての報道を聞くけど、困っているのは普通の企業に勤めていて、社内四面楚歌や窓際に押しやられて解雇や配転を迫られているヒトの方も大変だと思う。

派遣労働者も大変だろうけど、逆に住居など支給されてたってことは、逆に凄い優遇なんじゃないかと思う。家族が居て引っ越しなんてできない労働者は、自分の住まいの近所で仕事先を探さなきゃいけない。正社員になれなけりゃ、派遣やパート、アルバイトをするしかない。

TVは深刻になると騒ぎ立てて、派遣切ればっかり放送してる。でも、製造業に派遣労働者を許可したときにこうなることはわかっていたはず。今更「雇用の調整弁にされている」なんてニュースで放送されても、なんだか嘘っぽい。だってまさしく「雇用の調整弁」になるから派遣を認めたんだよ、自民・公明政権は。放送局なんて格差労働の冴えたるものだから、きっと法律が施行されたときは、自分からは問題として取り上げられなかったんだろう。

派遣労働者の問題も大変だけど、問題はそればっかりはじゃない。猫の目のように右往左往してる就業支援のお粗末さや、本当の安定を図るための提言にもっと時間を割くべき。行政だって広く安心して働く環境を作りことで安定した税金が収まる訳。みんなそこそこ働いていれば、犯罪だって増えないはず(もちろんなくならないとは思うけど)。

まぁ、下請けをいっぱい使って美味しいところだけ担当してる放送局が多いだろうし、ウン千万ももらってるTV局のヒトにはホントのところは、心配なんかしていないんだろうけどさ・・・ まじめな話です!

2009年2月14日 (土)

映画録 輝ける女たち/Le Heros De La Famille '090214

長い間観たいと思っていた映画「輝ける女たち」をようやくケーブルTV「シネフィル・イマジカ」で観ることができた。

ボクは欧州映画好きだが、特にフランス映画が好みのようだ。最近でも「ふたりの5つの分かれ路」や「待つ女」などを観ている。中でも、「メルシー!人生」や「橋の上の女」を観た頃からダニエル・オートゥイユが面白いなと思うようになり、最近は「ぼくの大切なともだち」や「あるいは裏切りという名の犬」を観た。そして「かげろう」を観た頃から、エマニュエル・ベアールにも興味を持ち、その後「恍惚」や「Mの物語」なども観てさらに深まった。そしてこのふたりが実は若いころにカップルで子供までこさえていたことを知るに及んで、ボクの好みが一致したと云う次第(彼ら二人は極東のオジサンがこんな興味を持っているなんて全然知らないわけだが・・)。そして先日とうとう彼らの馴れ初めとなった「優しく愛して」も観てしまった。ふたりとも何とも若く初々しいことか。内容はそんなに深いものではないが、フランス版トレンディドラマって感じで面白かった。

さて、「輝ける女たち」である。

フランス映画好きであることと、エマニュエル・ベアールが出ているということで満を持して観たわけだが、これがなかなかな素敵な「ドラマ」であるのに感心した。

舞台はニースのキャバレー、亡くなったオーナーの遺言によって、不仲のため離散していた元家族が一堂に揃うことになる物語りで、キャバレーのショーガールやスタッフが賑やかに絡む群像劇になっていた。群像劇と云ってもそこはフランス映画、説明不足なので初めのうちは家族関係が見えにくいが、だんだんとふたりの元妻が絡むあたりで解きほぐされて行く。

元はTVで人気のマジシャンだった父親は、亡くなった叔父のキャンバレーは自分が仕切ってきたのだから当然自分のものになると思っていたのに、叔父の遺言を開いてみたら店はふたりの元妻の子供たちの遺産になっていた。キャバレーを閉めるという子供たちに抵抗しても空しく、昔の知り合いに連絡してももう雇ってくれない。そんな彼の救いは、歌手の女(べアール)。そして最初は冷たくあしらっていたふたりの元妻も実は彼に優しく接する。だが店もなく新しい仕事場も探せない失意の彼は、死んだ叔父の亡霊に自分へ店を残さなかったのか?と愚痴るが、亡霊の叔父は彼を諭す。

思わず遺産を手にしたふたりの子供たちは、父へ冷たく接し経営の思わしくない店も閉めると決めるが、母たちと話し、キャバレーのショーガールやスタッフたちと接するうちに、いつしか店に興味を持つようになる。また母たちと父親の関係が見えてくることで、父親とも打ち解けてゆく。

娘の離婚や養子縁組、息子の性向、父親がアルジェリアからの帰還住民だったこと、そして亡くなったオーナーが女装趣味者、歌手の女は実は・・・そして母親たちの秘密とは・・・なんだか複雑なのに全然気にならないのはなぜだろう。全てのことが自然に流れるように受け入れられるところが、ボクがフランス映画好きな証拠だろうと思う。

ショーガール達の美しい肢体を目の保養にしつつ、女装で納棺されるオーナーに笑う。

幼馴染で娘まで育てた元夫に同情してまたマジックの舞台に立とうとする元助手(ミュウ=ミュウ)、そして息子をもうけた女(カトリーヌ・ドヌーブ)の二人の元妻と、マジシャンが熱を上げる歌手(べアール)の貫禄のある演技・・・まさに邦題「輝ける女たち」が肯けるものとなる。

原題の「Le Heros De La Famille」を直訳すれば「家族のヒーロー」・・・残された家族にとって亡くなったキャバレーのオーナー(クロード・ブラッスール)がヒーローだったという意味か? はたまたヒーローはマジシャンの父親(ジラール・ランヴァン)なのか?直訳よりは遥かにわかりやすい。題名って付けるの大変だろうなぁと思った。

悩みさえも 人生のエッセンスに変えて、あなただけの ステージに立つ!・・・チラシの宣伝コピー・・・

いろいろあったけどさ、もう皆大人だし、そろそろ仲良くしない?なんて感じの家族回帰のほのぼのさすら感じられ、ボクを満足させてくれたフランス映画らしいフランス映画でありました。

2009年2月12日 (木)

政治考 石原オリンピックの横暴 '090212

作家知事がオリンピック立候補に国会の応援がないと騒いでいる。ほんと勝手なオジサンだ。

東京が’16年の夏季オリンピックの開催地に選ばれるには国を挙げての応援が必要なのだという。そうなのだ。今やオリンピックは一都市で賄えるイベントではなくなり、国や州と云った広域で一体にならないと運営できなくなっているのだ。作家先生はよくご存じ、おっしゃるとおりだ。しかし・・・ほんとに必要なのは住民の理解と健全な財政、そして環境に配慮した計画だろう。

しかし、そもそも東京がなぜオリンピックに立候補しなくちゃならないんだ?何のために?誰のために?作家知事はかつて「オリンピックは都市力がないとできない。日本人が夢を見ることでエネルギー出てくるんだ」てなことを言っていた。自分の名誉欲じゃないのか?何百億も何千億もの税金を使うほどのことなのか?今の時代、地球のどこでオリンピックをやったって、TVで観るのは同じ環境ではないか?地元でやれば観に行ける?どうせ庶民はTV桟敷が関の山、税金使って国会議員や都議会議員、高級官僚はタダで観られるんだろうけどさ。(※1.)

どうして作家知事は国会決議がないことを怒っているんだろう?そもそも東京でオリンピックを開催する必要性を国会で国会議員に説明して理解させたのか?いや、もっと云えば、開催主体である東京都民の理解はあるのか?“立候補してるんだから国に支援されて当たり前”と開き直ってるだけじゃないか?世界有数の大都市である東京が最初から国の援助を当てにしていること自体が恥ずかしくないか?他所からお金をもらうのを平気に思っている浅はかさはないか?ダミ声お坊ちゃん首相的に云えば “さもしい”ことじゃないか?

前にも書いたかも知れないが、オリンピックを開催していない国や都市は世界にたくさんある。開催したことがない大陸だってある。アジアに限ったって東京以外にはソウルと北京だけだ。なぜ東京でまたやる必要があるのか?(※2.)東京ではたかが40年前に開催しているのだ。4年に一度の開催だから10回くらい前なだけだ。何も過密都市の東京で開くより未開催の都市で開催した方が有意義なのは明白だ。日本でやるにしたって、もっと他の都市があるだろう。今回の立候補だって、当初福岡が立候補していたのに、東京が後から手を挙げて日本の代表を横取りした。何でも東京が奪っていいのか?

東京でのオリンピックの開催に多くの芸能人や著名なスポーツ選手が賛同しているようなコメントを発している。あれは本当の気持ちだろうか?作家知事やスポンサーに煽られてるだけじゃないか?地元開催は選手にとって何の利益があるのだろう?地元開催の方が参加枠が拡がるのだろうか?自国民が多い方が応援が多いから記録を出すのに有利なのだろうか?そんな選手ばかりならこれぞ“さもしい発想”ではないか?知らない国で知らない国民の視線にさらされながら最高の競技をして欲しいのだが・・・

今、オリンピックを開催するのにはいったいどのくらいお金がいるのだろうか?そんなお金があるくらいなら都立病院の予算にして、急患の対応に廻した方がいいんじゃないのか?また作家知事は都が出資・設立した銀行をすでに破たん状態にしている。すでに開設時に費やした投資を浪費して、何度も追加に莫大な税金をつぎ込んでいる。愚かにも毎日負債を増殖させている。息子の国会議員の関係者が融資の口利きをしたことがあるとの疑惑もあるらしい。作家知事は過去絵描き四男の絵も税金で購入させたり渡航費を流用させたりしている。税金を垂れ流しして都民や国に押し付ける、この恥ずかしさを隠すためにオリンピックをするのだろうか?

ところで先日TVの取材を受けている作家知事を観てびっくり。TV記者「野党はオリンピックを政争、政局の道具にしてますよ」、作家知事「大変遺憾だ。何勘違いしているのかね。こっちは国のためにやってることでね。まあ、語るに落ちる話だね。卑しいよ本当に、政治がな」・・・国のためだってさ。違うだろ、自分のためだろ?いやいや自分の取巻きのためかな?しかし、質問する記者も記者だ。この質問ははっきり誘導だし、悲しいくらいレベルが低い(※3.)。 こんな質問に対するコメントをニュースとして聞かされている庶民も悲しい。民主党も「説明に来ない」などと報道されるのは格好悪いが、作家知事も本当に国の支援を受けたいのなら自民党以外にも頭を下げるべきだろう。知事の仕事は暇で、週に2,3日しか登庁しないのだから(※4.)。

しかし、作家知事は大阪市が北京と開催地を争った際に「オリンピック招致なんて発展途上国のやる事だ。いまどき国際行事で経済活性化なんて古い。」と大阪を批判していたはず。前言を翻し、適当な答えでその場をあしらうのは、まるでダミ声お坊っちゃま首相と全く同じ。単なる「御都合・日和見主義」以外の何物でもない。こんな知事が続いていること自体がおかしい。他のヒトはおかしいと思わないのだろうか?

※1.http://www.yomiuri.co.jp/election/local2007/news/20070315it14.htm 

※2.過去二回開催している都市(年):アテネ(1896・2004)、パリ(1900・1924)、ロサンゼルス(1932・1984)、ロンドン(1908・2012予定)・・・各都市共に一回目の開催は第二次大戦前

※3.作家知事を煽る質問をしたのはたぶんテレ朝の記者、夕方のニュースでは質問も放送していたが、夜のニュースでは作家知事の怒っているコメントのみの放送だった

※4.http://www.yomiuri.co.jp/features/togisen2005/200505/to20050526_01.htm

作家知事に寂しい話しを書いちゃったので、ここで素敵な短歌を載せます。たぶん'08/12/01の朝日新聞「朝日歌壇」に載っていた歌でボクが深く読んだ歌を。

声高に経済の危機評論す職なき者の痛みを知らず 

静岡市・安藤 勝志 さんの作品・・・無断転載、申し訳なし。

2009年2月 9日 (月)

読書録 安野光雅「画集 野の花と小人たち」 '090209

義父の大動脈瘤手術に付添うために都内のある大病院に行った。しかし、手術中、付添いは何もすることがない。持参した小説もあったが、ふとロビーの書棚この画集を見つけ、手に取った。安野光雅氏の「画集 野の花と小人たち(※1.)」だ。

書名にあるように、ほんの野に咲く草花を淡い水彩で描かれた作品。その草花の間に幻想のように小人の母子が草花に溶け込むように、何かした話したり、遊んだり、実を運んだり、花を摘んだりしている。そんな不思議な画集だ。

れんげ、なずな、あざみ、いぬふぐり、つゆくさ、ひめじおん・・・東京の大学に入ってから四半世紀、そのほとんどを23区内で過ごしてきたボクは、こんな草花に接する機会がなくなったが、農村育ちのボクにとって画集に描かれたほとんどの草花が子供の頃傍らで接したありふれてたものだった。しかし、今日はとても懐かしいものに出逢えた気分になった。

数年前だと思うが、山口に泊まる用があり、翌日山口線を津和野まで乗り、安野光雅美術館を訪ねたことがあった。平日の昼のひたすらのどかでこじんまりとした城下町の一角に静かにしかし堂々と建つ開館してまだ半年くらいの美術館だった。館内をゆっくり歩きながら、展示作品を見て廻っていた時の幸せな気分・・・そしてその時、安野氏自身が歩いていらっしゃるのに気付いて、なんだかとても得をしたような気になったものだった。

義父の手術は当初一時間か長くても二時間くらいとの説明だったが、三時間以上に長引いた。その間、ボクは画集をゆっくりと鑑賞した。安野氏の画集は何冊か持っているが、こんなに時間をかけて眺めたのは初めてだった。この画集の素敵なところは、その絵画の素晴らしさはもちろんのこと、野に咲く草花一つひとつに安野氏の小文が添えられているところだ。草花との出会いを簡潔な文章で綴られて、素朴な氏の絵画と共に感銘を受け、ボクはそれだけ氏に近づいたような幸せな気分になったのだった。

そしてもうひとつ、この画集はとても素晴らしいことに「野草傷心」と云う「あとがき」があることだ。安野氏の草花への眼差し、肌触りが感じられる文章で逆説的でかなり皮肉めいてもいるが、なぜか心温まる。「わたしは花を愛さない」と氏はおっしゃる・・・そうなのだ、「愛す」とかのそう云うことではないのだ。

画集の中から、ひとつ「彼岸花」のページの小文を抜き出すことを、著者、出版元にお許しを願いたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひがんばな

 毛布が二枚、靴下一パイの米と一にぎりの砂糖をもらって復員し、ようやく両親の疎開したいなかにたどり着こうとしていた。日本は負けた。そして私はあの冷酷きわまりない軍隊から解放された。

 野間宏の書くように、兵隊は人間ではなかった。人間からつくった史上例を見ない生きものであった。

 いなかへ帰るこの道をゆくことは、抜けがらのような兵隊から、少しずつ人間にかえろうとしていることでもあった。

 何のうたがいも持たず、まったく当然のように老いた父母のもとへかえる・・・その道一面に彼岸花が咲いていた。

 その、何とやけつくような「赤い」花であったことか。ぶたれても泣かなかった私なのに涙が出た。

 花など、長い長い間、思っても見なかった。それを美しいと思う。人間の心を、私はこの花がとりかえしてくれたのだと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボクはこれまで彼岸花をこれまであまり好きではなかったが、安野氏のこの思い、安野氏を生き返らせた彼岸花との再会を、なんだか分かる気がした。そしてボクの故郷の、すでに失われてしまったのどかな農村風景の中の草花を思い出すのだった。

※1.発行元:岩崎書店、発行日:'76年08月30日

2009年2月 7日 (土)

映画録 12人の怒れる男/12 '090207

最初すんなりと終わると思われた審理が、一人が投げかけた素朴な疑問から、打ち寄せる波紋のように陪審員たちの心を洗い出して行く。自分は今、養父を惨殺したと諮られている一人の青年の人生を決めようとしているのだ、と。自分もかつて青年だったことを思い出すかのように。

社会主義多民族国家に生まれ育った自分たち、今振り返えれば、あのソ連と云う国に生き、混乱の後今ロシアとなったこの国に生きる自分は、家族は、隣人は、と自らの人生と国、民族を否応なしに振り返らざるを得ない。

現代ロシアの抱える象徴的な棘とも云うべきコーカサスのチェチェン紛争を背景に、ゲリラたちと少年の交わり、ナイフの絆、小国を制圧する大国の脅威、両親と故郷を奪われ爆風の中に潜んでいた青年の心と直面することで、自らの人生を絞り出すように語り始めた12人の男たちはそれぞれに一つの映画だった。

ふと気付くと身を乗り出してスクリーンに観入って裁判を傍聴しているかのような自分に気づいた。そして冬のロシアの空に旅発った一羽の雀はどんな風に生きて行くのだろうか。

少年の運命は、12人の陪審員に委ねられた ・・・チラシの宣伝コピー・・・

この映画は、裁判や審理の恐ろしさ、陪審員制度の重さ、冤罪への怖さを見せつけた法廷映画であり、なにより映画の醍醐味を味あわせてくれた傑作だと思う。160分があっという間だった。面白かった!US版もぜひ観たい! 池袋・新文芸坐で。

2009年2月 5日 (木)

政治考 さもしくてさみしい首相 '090204

麻生お坊ちゃんオヤジが、自分は「給付金を受け取るつもりはない」とは「云ってない」と云っているらしい。相変わらずややこしいオヤジだ。

そもそも金持ちが給付金を受け取ることを「さもしい(※1.)」とけなしていた彼が、いつの間にか「高額所得者も受け取ってどんどん使って欲しい」と云い始め、それでも「自身は受け取るのか?」と聞かれ「その時に考える」と答えていた。「お前が通した法案だろ!」と誰だって突っ込みたくなるハナシだ。漢字無知以前に人間失格だな。

直接会って話したことはないし、メディアを通じてしか伺えないが、どうもこのオヤジは本当にアホらしい。

思っていても「さもしい」などと云わないで、「自分も消費に貢献したいのでもらおうと思う」と云っとけば良かったのだ。逆に「国会議員はもらわないように提案する」という手もあったはずだ。社民党は所属の国会議員は受け取らないことを決めたとのことだが、こういう選択もある訳だ。

麻生お坊ちゃんオヤジの心の中はこんなもんだろう。・・・あんまり公明党の奴らがうるさいからやるだけだ。税金配るだけだからオレの財布が軽くなるわけじゃなし。後は消費税で取り返せばいいさ。所詮貧乏人はおれを批判しながら受け取って喜ぶくせに。ところで一万二千円で何買えるのか?

本当に受け取りたくないのなら、「オレはやっぱりもらう気にならない。でも皆さんはどんどん使って消費を盛り上げてくださいな」と云えばいいのだ。簡単なことだ。そりゃ「給付金を決めた本人がもらわないのか?」「無理やり採決しておいて自分はその気がないのか?」と追求されるかもしれないが、その時は「もう金持ちなんで」って云っちゃえばいいのだ。今更人気取りしたって意味ないし、はっきりしないことが「ぶれるKY総理」と小馬鹿にされてるわけだから。ホント阿呆だね。

そもそもこのお坊ちゃんオヤジ、国会議員になってずっと税金もらって生きて来た訳で、今更何偉そうに云ってるのか。「オレは金持ちで、国会議員の報酬で暮らしている訳じゃない」と思っているのだろうが、こんな心狭い奴が首相だなんて、ほんと日本と云う国はさみしい国だ。

このお坊ちゃんオヤジ、いったい何のために国会議員になったんだろう?そして何のために総理大臣でいるんだろう?自分で自分がわかってないから、云っていることに責任も謙虚さも表われないんだろうなぁ。

ゴメン、早く辞めな!

・・・首相リコールってできないのかな?

※1. 大辞林では、こう書いてあるらしい:1 品性が下劣なさま。心根が卑しい。意地汚い。「―・い行為」「―・い根性」、2 見苦しい。みすぼらしい。

さもしい首相のハナシをまたしちゃったので、ここで素敵な短歌を載せます。たぶん'08/12/01の朝日新聞「朝日歌壇」に載っていた歌でボクが深く読んだ歌を。

夜を更かし嘔吐のごとく歌詠みき親の借財負いし二十歳 

和泉市・長尾 幹也 さんの作品・・・無断転載、申し訳なし。

2009年2月 3日 (火)

映画録 イタリア的、恋愛マニュアル/MANUALE D'AMORE '090203

ケーブルの映画専門局で「イタリア的、恋愛マニュアル」を観た。

一目ぼれ、倦怠と慰め、嫉妬と腹いせの浮気、絶望と再生・・・恋愛が生むそれぞれのシーンを4組のカップルが繰り広げる恋愛もの。リレー形式で一つひとつのエピソードは深いんだけど、それが適度な長さに仕上げられていて軽やか。

はじめ「イタリア的恋愛」だなんて言うと本気以上の浮気が連続する恋愛達者なイタものか、シャベクリ痴話喧嘩が観られるのかな?と思っていたけど、かなりまっとうな恋愛風景が展開。あぁイタリア人も恋愛に悩んだりドジったりするんだね、とちとホッとしたりした。

この映画で特にボクが気持ち良かったのは、素敵な女優陣。

第一章「めぐり逢って」のジャスミン・.トリンカ嬢(ジャスミンなんて名があるんだね)は、あっどこかで見たナと思ったら「輝ける青春」で美しき精神患者を演じてた娘だ。

第二章「すれ違って」のマルゲリータ・ブイの陰のある美しさは?と思ったら「題名のない子守唄」で主人公が住み込む家の麗しいご婦人じゃないか!しかもこの映画ではホントの元旦那と夫婦役してただなんてまたイイハナシ(元夫婦が役で倦怠期の夫婦を演じるのってどうなんだ?)。

第三章「よそ見して」のL.リッティツェットは勝気で優しくてかつ知的な喜劇役者って感じ。起承転結の「転」として役どころがしっかりしてたな。

そして第四章「棄てられて」のアニタ・カブリオーリ・・・トリンカ嬢がオムネラ・.ムーティ的であるなら、カブリオーリ嬢は、イザベル・アジャーニ的か!第一章で出てきたときはそんな風には思わなかったけど、すごくきれい。いやぁ目の保養になる映画でした。

恋をしましょう!それは人生を楽しむレシピです。 』  ・・・チラシの宣伝コピー・・・

軽やかで暖かい、そよ風のような恋愛映画、なんてボクが書くと場違いかな?あ、全然恋愛マニュアルになってないとこも◎(笑)

2009年2月 1日 (日)

映画録 007/慰めの報酬/QUANTUM OF SOLACE '090201

'08年二回目の映画の日は、「007/慰めの報酬」を観た。

二年ぶりのダニエル・クレイブ版の007、相変わらずアクション娯楽作品!って感じで◎。ふだんドンパチものは余り観ないが、たまには娯楽作品もいいかなと。自分の性向として社会派の映画を観ることが多いので、たまにはスカッとしたいものも観ないと。実は二年前は'07年の元日の「映画の日」にも、今回と同じ吉祥寺のバウスシアターで「007/カジノ・ロワイヤル」を観たのだった。

今回もひたすらクールなボンドでよかった・・・んだけど展開が速すぎ!あんまり速いので追いけられないシーン続出、そのままラストへ・・・あ~終わっちゃった~って感じ。こんなスピード感あふれる映画は初めて。カーチェイスシーンの走行感と銃撃シーンのカット割りの複雑さがなんとも壮観。劇場最前列で観てたらきっとジェットコースター状態だったんじゃないだろうか?

しかも彼はもうヒトの死なんて悲しむ感傷なんてなくなっちゃったって設定なんだろうけど、ちょっと感情が無さ過ぎないか?と思うくらいの無表情さ。いくらタフでクールが売りと云ってもちょっと行きすぎた感あり。エンドマークに「つづく」と出てたので、次作はもう少し人間味を加えてくれたらうれしいなぁ、なんて。

しかしくどいようだがアクションシーンのスピード感はすごい!特に冒頭のカーチェイスシーンなんていったいどんな風に撮ってるんだろう?とびっくり。撮影スタッフは怪我しなかったのか?とこちらが心配になるくらいだ。

また、単なる娯楽作品ではないところもいい。南米を傀儡政権にして喰い物にしてきたUSCIAとの神経戦ってのも現実感があったし、いそうな環境成金役のマニュー・アマルリックも嫌味な演技で雰囲気が出ていた。

あと個人的にはジャンカルロ・ジャンジャーニおじさんも元気そうに出ててうれしかったなぁ。
とにかく007、次回作も楽しみ!

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »