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2009年1月の8件の記事

2009年1月28日 (水)

読書録 堀淳一「消えた鉄道 レール跡の詩」 '090128

地図の大家・堀淳一氏の鉄道遺構探索紀行をまた読んだ。そしえて社が発行した「風土と歴史を歩く」シリーズの「消えた鉄道 レール跡の詩」だ。B6版、全95頁の小柄な本だが、鉄道遺構好きには堪らない名著だと思う(※1.)

ここ数年、書店には「廃線紀行」ものがたくさん出ているが、堀氏は鉄道遺構探索の分野で第一人者であると思う。氏は国鉄解体の前から各地の廃線跡を探索され、単に鉄道回顧のみでなくその地理的かつ植物的な見地から解説されている。

堀氏の鉄道遺構探索の分野でいくつかの紀行を著しているが、この本は地図と写真が豊富だ。私鉄ファンのボクには、横荘鉄道、伯陽電鉄、熊延鉄道に特に面白く思えた。

紹介されている失われた鉄道は以下の通り。

1.カラマツの山あいを抜けるレール跡・・・北海道拓殖鉄道
2.山里の蕩駘をゆく哀愁の路・・・横荘鉄道(後の羽後交通)
3.杉の山あいにやぶを分ける小径・・・北陸鉄道河南線
4.石を運ぶレールの残影・・・岩間の人車軌道
5.薄命のレールを詩うススキの穂なみ・・・国鉄篠山線
6.県境をトンネルでくぐっていたミニ私鉄・・・伯陽電鉄(後の日の丸自動車法勝寺鉄道)
7.鉄橋の遺跡また遺跡・・・熊延鉄道

※1.発行元:そしえて、初版発行日:'83年07月01日

2009年1月22日 (木)

映画録 チェ・28歳の革命/THE ARGENTINE '090122

映画「チェ・28歳の革命」は、ボクの予想を裏切ってとても地味にまじめに描かれていた。

ゲバラとカストロの出会いをサラリと描き、グランマ号による再侵攻の結果(8人乗りのボートに82名で乗り込み、うち70名が殺害または逮捕されているという意味では失敗?)も扱われていない。映画で描かれたのは、喘息に苦しみながら、負傷した兵士や地域の住民を診察し、文字や数学を教えながら山中に潜みゲリラとなることから始まった“ささやかな革命”だったことだ。キューバ人にとって“よそ者”であるゲバラは、兵士や住民たちの信頼を得るために、まず慕われることから始める必要があったのだろう(映画ではゲバラがすぐに“コマンダンテ”になったように感じるが、山岳地帯で転戦を繰り返す1年余の間に頭角を現して軍を率いるようになったのが本当らしい)。

武器を得ることで支配者のように振る舞う兵士が出たり、途中でリタイアするものも出る。規律を守らず他者を傷つけた者には、厳格な処刑も行った(実際ゲバラは革命政府成立後旧バティスタ独裁政権側の将校多数を処刑している)。これは傀儡政権軍との戦闘の中で多くの戦友が殺される過程での教訓だろうし、若かりし頃南米を旅して見たどうしようもない階級格差と差別、そしてUSCIAによって倒されたグアテマラ民主政権の挫折とその後の虐殺の教訓からキューバ民衆を救うには、解放勢力足りうる“革命軍こそが厳しくあるべき”との精神の表れだっただろう。この山岳闘争の過程で、カストロよりゲバラの方が先に社会主義者としては確立していたことがわかるエピソードだ。

キューバ革命とはこんないくつかの失敗を繰り返しながらも奇跡的に結実したものだったのだろう。 この映画の地味でありながらも素晴らしいところは、ゲバラが行った’64年の国連総会での演説と各国の反応、そして討論を描いているところだと思う。中南米諸国の代表たちが行う欺瞞に満ちた自己主張とキューバへの非難を、それが特権階級による地域収奪の上に成り立つ国家でありエセ民主主義であると告発できたのは、当時彼を置いて誰一人としていなかったはずだ。国連演説時、彼はすでに植民地解放闘争の方針について当時のソ連首脳部と対立しキューバでの要職から離れていた時期であり、翌年彼はキューバを飛び出しアフリカ、南米に革命を波及させる行動に出る序曲の時期であった。そしてそれは続編「チェ 39歳 別れの手紙」につながる。

上映中、何人もの人が席を立ち帰る姿があった。たぶんこの映画は、ゲバラのことをTシャツのデザインくらいにしか知らないヒトや、ハリウッド製戦闘ムービーに馴れたヒト、そしてグアンタナモがいまだにUSによって不法占拠されていることに無関心なヒトには、バズーカ砲と戦車くらいしか出て来ない内容は地味過ぎてかなりがっかりしたのではないか?それは当時のキューバの置かれていた状況・・・旧ユナイテッド・フルーツ(現チキータ)社を代表とするUSの大資本による経済支配とCIAによるバティスタ独裁政権支配・・・キューバ人が主人公でなかったキューバの現実・・・をある程度知らないとキューバ革命の歴史的意義がわからないだろう。

ゲバラについて云えば、この映画の前に彼に関する数々の評伝を読まないまでも、出来れば「モーターサイクル・ダイヤリーズ」くらいは観てからにした方がいいかもしれない。「予備知識が必要な映画なんておかしい」という意見もあるだろうし、それはそれで正しいと思う。しかし、この映画は小説やアニメのような創作の世界の話ではなく、史実としての革命家・ゲバラの足跡を真面目に辿った映画であるのだから、厳密にいえば娯楽映画ではない。 しかし、この映画を作り上げたスティーヴン・ソダーバーグとベニチオ・デル・トロの熱意は静かな画面を通してビンビン伝わってくる。彼らは映画と云う手段で、エルネスト・チェ・ゲバラという人物を記録したかったんだろう。その志には共感するものがあった。

劇中チェがあまりに旨そうに葉巻を口にしているのが印象的だった。そして、映画を観た後に家に帰ったら、チキータ社のバナナが美味しそうに台所にあった。多国籍企業とモノカルチャー経済はボクのすぐそばまで入り込んでいる現実を改めて確認した次第。

かつて、本気で世界を 変えようとした男がいた-。  』    ・・・チラシの宣伝コピー・・・

ゲバラが好きでこの映画が立派だと思ったので100点! '09/01/21、新宿ピカデリーにて鑑賞。

2009年1月15日 (木)

ドラマ考 ER '090218

NHKでUSのTVドラマ「ERⅩⅢ」が放映されている。何よりの幸せだ。

いまさらボクが「ER」を語っても意味がない。十何年も連続で作り続けられているドラマなんて日本にはないだろう。それくらい人気が続いてきたと云うことだろう。近年日本で放映されだした外国の連続TVドラマの草分け的ドラマだろう。衛星放送のコンテンツ探しをする中でNHKが見つけてきた作品だと思われるが、近年日本で放映されることの多くなった医療系ドラマに多大な影響を与え続けているドラマシリーズだ。原作はかのマイケル・クライトンの「5人のカルテ」だ。

舞台はUSのシカゴ。「L」という高架鉄道が轟音を立てて頭上を走る街のカウンティ総合病院の緊急救命室のスタッフたちの人間模様を描いた群像劇。医師、看護師たちの愛・友情を中心として、その家族、運ばれてくる患者たちの生死を様々な物語が紡いで来た。

何が面白いのか?それは、リアルさだ。USに住んだこともないし、医療機関では働いたこともないけれど、観ていて本当に現実感がある。処置室の雰囲気から実際の手術など、本当の病院で本当の医療従事者の主義を観ているかのような映像だ。ただ一番リアルでないのは、ERに勤めている彼らの性生活だ。最近のシリーズではそうでもないが、かつては職場でセックスのやり放題って感じでびっくり。USの人間はこんなにも職場でセックス友達を作ってるのか?と感心したくらいだ。

ボクはこのドラマをNHKの放映を第Ⅶシーズンくらいからオンタイムで観ており、併せてそれ以前のⅠからⅥシーズンをレンタルで借りて、3年くらいかけて全て観た。一夜に一話づつみたいな感覚で観続けていたボクを妻は呆れていたようだった。

300話以上にもなるドラマを観続けたこと自体がなんだか嬉しいが、現在USで放映しているⅩⅤシリーズでラストとなるそうだし、マイケル・クライトンも亡くなったし・・・あと二年、NHKがちゃんと放送してくれることを祈るのみである。

2009年1月12日 (月)

読書録 芝生瑞和「アンゴラ解放戦争」 '090112

長い間知りたいなぁと思っていてそのままにしていた沢山の疑問の一つに、かつてアフリカにあったポルトガル植民地の解放闘争があった。最近藤沢周平ばかり読み重ねていた反省(※1.に立ち、地元の図書館で関連図書を探してみた。そして最初に手にしたのが、故 芝生瑞和著「アンゴラ解放戦争(※2.」だった。

芝生瑞和氏は、特に中東、中南米、アフリカ諸国を中心に紛争地帯や発展途上国の政治経済体制から欧米の政治動向まで、幅広く活躍した日本を代表する国際ジャーナリストである。惜しまれつつも’05年に急逝されたそうだ。この本は氏が上程された初期の本で、海外留学期に触れたアフリカでの民族解放闘争を追ったレポートであり、この本には氏のバイタリティあふれる取材精神を強く感じられる作品となっている。

この本の素晴らしいところは、結果的にアンゴラ独立の基礎となったMPLAによる東部解放区づくりの段階から現地に入って体験し、ポルトガルのカーネーション革命による独立過程における内戦状態の生のレポートであることだ。

'70年代のアンゴラは、鉱山資源を多く産出しポルトガルにとっても手放したくない植民地だった。数十万に上るポルトガルからの植民者と産業を護るとの口実に軍隊を派遣していたが、’74年に起こった国軍運動(MFA)によるカーネーション革命によってサラザール=カエターノ独裁政権(エスタド・ノヴォ)が崩壊し、革命政府が海外植民地の放棄を宣言することで独立が約束された。しかし・・・

'70年代のアンゴラの独立戦争期は典型的な大国の代理戦争と云われ、米中ソ南アらが泥沼の援助と足の掛け合いをしたことで知られる。社会主義を志向するMPLAには旧ソ連とキューバ、そして独立して間もないアフリカ民族諸国が支援し、USは当初傀儡政権を立てていた隣国ザイールを経由しFNLAを支援し、FNLA 衰退後は部族主義的な色彩のUNITAを支援。当時ナミビアを属国化し鉱山資源を独占していた南アは、資源的野望と社会主義の南下を恐れ、中国に近いアフリカ諸国や西欧諸国と共に後押しした。また社会主義の路線闘争を繰り広げ、当時反ソ色の強かった中国やルーマニアも当初FNLA、後にUNITAを支援するという“敵の敵は味方”を字で行く悲しい代理戦争となっていた。

この本はまさに泥沼の内戦=大国に翻弄される戦争の真っ最中のアンゴラをレポートした貴重なものだ。

この本を読み進んだ末に、実際の解放闘争とはどんなものだったのだろうと考え、他の書物を探したところ、「森と精霊と戦士たち ギニア・ビザウ、モザンビーク、アンゴラ解放闘争写真記録」という写真集に辿り着いた。この写真集は、副題にもあるように、在アフリカ旧ポルトガル植民地の解放闘争を解放勢力側から記録されたものだ。主にギニア・ビザウとモザンビークの闘争の写真が掲載されているが、これはこの本がフリカ行動委員会から発行された時期(’70年代中盤)が、ちょうどギニア・ビザウとモザンビークが独立を果たし、またアンゴラは独立を果たしたものの国内の解放勢力が分立して(※5.)、実質的な統一政府がなかったことに由来する。この写真集の中で紹介されているアンゴラの解放闘争の写真には、芝生瑞和氏から提供されたものがあった(氏が「アンゴラ解放戦争」執筆前)。これは解放闘争側から撮った写真だから当たり前ではあるが、森林地帯でのキャンプ生活や戦線の様子や解放された農村部での農民たちの生き生きとした表情や生活ぶりが伺えて貴重な写真集だった。ほんの30年前、アフリカでは自由と独立を勝ち取るために闘争し倒れていった数多くの無名戦士がいたことを忘れてはならないだろう。

また、この旧ポルトガル植民地の独立は、ポルトガル本国の独裁政権を民主派将校たちの蜂起による民主化クーデター(カーネーション革命)によって実現したことであること。これは旧ポルトガル植民地における持続的な解放闘争が、現地に派遣され殺し殺されるポルトガルの軍人たちを悩ませ、国家財政を苦しませ、国際的な信用を落としめた結果などだという成果と云えるだろう。密林での地道な解放闘争が解放区を拡げ、結果的には本国の軍人や市民をも包囲したことは、解放闘争に協力したすべての人々に賞賛を捧げたいと思う。

1.’08年の後半(06-12月)に読んだ本40冊のうち、実に18冊が藤沢周平ものだった。

2. 書名:アンゴラ解放戦争、著者:芝生瑞和、発行:岩波書店/岩波新書、発行日:1982/06/25.

3. アンゴラ独立時の国内勢力(※5.)は、USNATO諸国、南アフリカ、ザイールそして中国などが支援し、部族主義的な色合いが濃かった。FNLAUNITAと、当時のキューバをはじめとする社会主義国やアフリカ諸国が支援し、部族主義を排したMPLAがあり、最終的にはMPLAが解放区を全国に拡げ、国際的に承認されることになる。

※4. 書名:森と精霊と戦士たち、著者:アフリカ行動委員会、発行:亜紀書房、発行日:1976/06/10.

※5. アンゴラの解放組織と支援国(FNLAUNITAへの支援国は時代的に変動あり)

・MPLA(アンゴラ解放人民運動):ソ連、キューバ、スウェーデン・・・社会主義を標榜したが社会主義陣営の崩壊後穏健に。独立後'09年春現在に至るまで政権を維持している

FNLA(アンゴラ民族解放戦線):US、旧ザイール(現コンゴ民主共和国)、アルジェリア、ガーナ、イスラエル、フランス、ルーマニア、中国、南ア・・・ホールデン・ロベルトを指導者とし北部部族を中心に勢力をもった。'09年春、国会に議席を持つ

UNITA(アンゴラ全面独立民族同盟):US、南アフリカ、中国・・・FNLAから分かれたジョナス・サビンビを指導者に、主に南部地域を中心に勢力をもった。社会主義を標榜したMPLAの政権奪取を好まない全ての国と宝石会社デ・ビアスの援助で長く内戦を続けた。ジョナス・サビンビの私設軍隊的性格の集団で現在消滅。

2009年1月 9日 (金)

ふと思う疑問 車掌さんに謝られても・・・ '090109

鉄道に乗っていて、列車が遅れた時なんかに、「**駅でお客様が線路内に立ち入られたため・・・」と理由を述べた後に「御迷惑をおかけしております」と謝られることがある。

でもそれって“勝手に線路内に侵入した”「客」が悪いんだよねぇ。酔っ払いがホームから落ちたとか、線路の上を歩きだしたとか、でしょ。迷惑かけたのはそのアホで、鉄道会社じゃないんだから、車掌が謝るべきじゃないと思うなぁ。もしそのアホの責任が鉄道会社にあるんなら、、線路に立ち入らないようにホームを囲わなくちゃいけないジャン。

とりあえず謝ればいいって安易な発想で謝るっていただけないなぁ。何でもかんでも謝ってばかりだと、「モンスターなんとか」ってのが増えていい気になる奴が増えるんじゃないかな?

鉄道会社はタクシーB乗ったら何千円も必要な距離を、数百円で乗せてくれるわけだかし、毎日たくさんの人の生活を支えているんだから、もっと威厳を持つべきだよ。

そりゃもちろん信号や車両故障が理由ならもっと誤ってもらいたいけどね(今日の運賃はただにします、とかね)。

まじめな話です!

2009年1月 7日 (水)

映画録 ふたりの5つの分かれ路/5×2 '090107

正式に離婚することになったある若い夫婦のこれまでを、ふたりの出会いに遡って行くものがたり。

正直、別れがわかってしまったカップルの物語を観るのはつらい。微かな期待があるとすればあの時、やり直せるきっかけがあったはずという「もしかしたら」を導き出してくれる映画なのかも、とも思って観た。どうしてそんな風に考えたのだろうかと、観終わって考え込んでしまったのだが。

心が通わなくなったのに最後までSEXに期待してしまった元夫、SEXが人生の悲しみにもなってしまったと悟ってしまった元妻、お互いまだ惹かれているものは幽かにあるけれど、それは随分前からすれ違ってしまった。それを知りたくない元夫と諦めてしまった元妻・・・

遡るシーン毎に、そんなことしてたらダメになって当たり前じゃないか?と思わせる出来事が出てくるけれど、でもそれだけを回避してたら巧く行ってただろうか?それは相手への思いやりが足りなかったからか?そもそも出逢いから間違っていたのか?・・・いや、ふたりは確かに恋に落ち、人生を誓い、新しい生命の誕生に戸惑い、そして倦怠を克服できなかった。

過去に永かったと思える付き合いをした後で別れた経験のあるヒトには、この映画はかなり深い印象(衝撃)を与えられるのではないだろうか?またカップルで一緒に観たヒトたちはどんな感想を持つだろうか?

多くのヒトは別れてからしか振り返れない。その時はそんな冷静ではいられないし、逆におろおろするばかりで手の打ちようもないことが多い。でももし、別れたくないけどそうなってしまいそうな相手がいるヒトには、この映画を観て何か踏み出す必要を知らせてくれたと思うかもしれない。哀しい別れのSEXをする前にすることがあるはずだと。

このヒトとなら人生をやり直せる、きっと救われる、幸せになれる、と思ってヒトは新しい恋に手を出してしまうのかもしれないけれど、なかなか上手くいかないものなのだよと、フランソワ・オゾンという監督は云っているのだろうか。もしそうなら、それは恐ろしいほどの醒めた視線だ。でも映画に惹かれるのはこんな恐ろしさもある。ホラー映画とは違う怖さだ。

出会わなければ よかったの? 』  ・・・チラシの宣伝コピー・・・

ボクはこの映画を一人家で観て、観たことや感想をきっと連れ合いにはうまく話せないと思う。というより誰かと語り合うような映画ではなく、ひっそりと自問するような映画なのだと思えた。

フランス映画にまたやられたナ。

なんだか告白めいた感想になりましたが、それはたぶんボクが今いろんな意味で再生を願っているからかもしれない。

2009年1月 5日 (月)

ふと思う疑問 WOWOWだけなぜ優遇? '090105

WOWOWって新聞のTV番組欄に有料ちゃんねるで唯一入っているよね。有料チャンネルって他にもいっぱいあるのにどうしてかな?

新聞社はWOWOWからお金もらってるのかな?

ボクはケーブルで映画のチャンネルや自然番組の放送局をよく観るけど、WOWOWは加入してないから新聞では地上波と同じ面になくてもいいのになぁ。特にWOWOWで放送する番組の紹介があった時なんか、ちょっとイラッと来るなぁ。

まじめな話です!

2009年1月 1日 (木)

映画録 K-20 怪人二十面相・伝 '090101

元日の映画に日に、年に最初の映画を観ようと、妻お勧めの「K-20 怪人二十面相・伝」を観に行った。

映画の評判がイイので吉祥寺の映画館の窓口に2時間前に行ったら「今日は混まないと思いますよ~」と窓口のきれいなお姉さんに云われて、整理券もないので正直びっくり。さすがに新年初日から観る人は少ないのかな?まぁ12/20から公開されているから好きなヒトは年末に観てるのかも。確かに再度上映20分前に行ってもなかなか観やすい席が取れた。でも上映間際に9割方着席となり、安心した次第。

さて内容は・・・なかなか楽しかった!たまに間延びしたシーンがあったけどそれは愛敬。では、どこが良かったのか?まず役者が粒ぞろい。TVでしょっちゅう観てる顔が続々出て来て“相変わらずのスター競演詰まんない映画”になるのかな?と危惧したけど、観ているうちにそれを覆す活き活きとした演技でびっくり。ワイヤーアクションも大袈裟じゃないのが逆に好感が持てた(香港カンフーもの好きには物足りなかったろうけど)。また装置と都市の情景、個々の小道具にリアリティがあった。都市を駆けるシーンなどはスパイダーマンの向こうを張れる活劇風。

もし第二次大戦がなかったら、という架空の物語り・・・ボクもそうだが、多くの日本人があのまま戦争がなかった後の日本を想像したことがるだろう。イイこともたくさんあるだろうが、あのまま華族皇族制度や軍国警察国家主義が温存された封建社会が続いていたら・・・もしかしたら、と思えるような世界が展開していた。

貧しい人達の抑圧された世界や官憲による差別的な暴力など、映画会社が通常避けるような描写をそこそこ真面目に描いた真摯な姿勢が良かったように思えた。ここは原作の北村想らしいヒューマニズムを大切した映画作りが守られたということなのだろう。

役者的には、金城武がすがすがしい。すこし活舌がはっきりしなかったところが残念だったが、演技にメリハリがあったし主人公らしい鼻があった。また松たか子は“活発なお嬢様”をやらせら日本一だろう、育ちが良さそうではつらつとした演技に好感が持てた。仲村トオル、鹿賀丈史は相変わらずの雰囲気が良かったし、武国村隼もまとまっていたように思う。さらに泥棒一族の女将にはちょっと憂いがなさ過ぎたけど高島礼子もそつがなく、やっぱり奇麗なのが良かった。

丁寧に作られていたところが良かったとホッと胸をなで下ろした新年最初の映画だった。

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